Vol.325  中道とは何だったのか 政党連合構想で政権交代マニフェストを

結局、「中道改革連合」という新たな新党は、空中分解して、そのあと何がどうなったのやら・・・頭が混乱したままだったが、どうも以下のように収まったようである。

衆議院の “中道” の行方は、中道改革連合を離党した旧立憲民主党出身者による新党を立ち上げ、それを “民主改革の会” と名乗り、そのメンバーが18人。続いて同じく離党して公明党に戻った議員さんが、27人。政党助成金を受け取る都合があるとのことで、旧の中道改革連合を維持する目的で残った議員1人(渡辺創氏)。無所属のひとり(大島敦氏)。さらには、泉健太氏と緒方林太郎氏2名による“志士の会”とに分解された。

民主改革の会と公明党、ひとり会派の中道改革プラス無所属1名の47人は、衆院内の統一会派「中道」を結成している。

衆議院では、 “中道” として統一会派を組むこととなったが、参議院では、旧立憲系の39人が立憲民主党を再結成したが、衆議院の「民主改革の会」とは組織的に繋がらず、公明党の21人は公明党に戻り、衆参一体で公明党48人という政党を成すこととなった。しかし、立憲民主党と参議院公明党は統一会派を組めておらず、衆参の野党連携は複雑に絡み合いと交錯状態が続いている。

あまり悲観的に物事を見ようとしない体質のわたしではあるが、反自民のリベラル勢力としてのリベラル野党の再興に対しては、楽観主義者で、どんな時でも物事のプラスの側面を大いに膨らませるわたしでも、今度ばかりは・・・である。

つまり、立体的に政治がわたしたち有権者に見えてこないという致命的な欠陥である。
いま政党がどんな風に分解され、解党し、再結集はといった点が、まったくわたしたちに展望できない見えてこないという野党政治の欠陥が浮き彫りになっているという現状である。衆議院と参議院の旧立憲メンバーがバラバラの状況で、しかし、衆議院の会派だけは、 “中道” で統一する。参議院は組まない・・・これは意味不明で、泉健太氏は、「これは一緒にやれない」と志士の会という2人会派に踏み切ったという算段か。

こんな時は、早々良い時代がやってくるわけがないと開き直って、野党とは、リベラルとは、中道とは、という基本に立ち返り、じっくり議論を巻き起こす以外に方法はない。

その旗印が、「政権交代」だと思う。口先だけの“政権交代” というかけ声ではなく、野党第一党として本気で政権交代を果たそうとする気概を持つことであり、そのための方法論を国
民にわかりやすく示すことである。

その道は2つしかなく、1つは、単独過半数を獲得できるだけの候補者を揃えるのは当然として、その当選を確実にするだけの万全の備えをすること。つまり、単独過半数をめざす野党の登場である。これは、現状から考えても非常にハードルが高く、3年、5年で実現する可能性はきわめて低いと言わざるを得ない。そうであるならば、もうひとつの方法として考えられるのは、すべての小選挙区で野党候補を一本化して与党を圧倒することで政権交代を実現するという「政権交代」である。そのためには、現実的な対応を表も裏も含め、誠心誠意取り組む野党が必要である。

ここは、 “政党連合” 構想を探求し、政権交代マニフェストを野党共同で確認するという方向で、野党各党による政策協定が不可避である。このリベラル再興の期に必ず登場する考え方が、「基本政策が一致しなければ協力はできない」との消極論である。

“基本政策”がそもそも一致してたら同じ政党ではないのかと思う。つまり、政権獲得の構想に“天皇制への態度” や“日米安保賛成、反対” といった政党そのものの成り立ちのレガシーを問う必要はなく、政権期間を4年から5年定めるとして、天皇制や日米安保への態度が喫緊の課題ではない。国民生活をどのように豊かに幸せを感じることのできる日本としていくのか。

自民党を選ぶのか、野党連合を選ぶのかという政権選択選挙に持ち込んでこそ、連立政治時代
の醍醐味が存在しているのである。

小異を捨てて大同につくという言葉があるが、ここは、“小異を残しつつ大同につく”というお互いの歩み寄りと謙虚な政党の姿勢が求められていると思う。ちゃんと違いを理解する。そのことを常に頭に置きながら、乗り越えて「大同」、つまり友好と協力を築こうということだと思う。決して小さいコップの中の嵐に終わらせてはならない。