Vol.329 リバティおおさかの「人権の知の財産」をさらなる高みへ

橋下徹さんが大阪府知事時代に発した言葉がわたしの脳裏から放れなかった。リバティおおさかへの補助金打ち切りをめぐって、「差別、人権などネガティブな中身」であり、「総じて暗い」と展示内容を一蹴した言動である。

そもそも戦争や暴力を扱わないで平和記念館の建設が実現するだろうか。翻って人権という概念は人類が長い歴史の中でマイノリティ当事者たちの努力により獲得してきた貴重な財産であって、それは目に見えるものではなく、世界がこれだけは共有すべきであると言い切れる数少ない歴史的成果のひとつと言えよう。こうした、

目に見えない貴重な財産を展示するにあたり、社会的抑圧や差別にさらされた人々が自ら人生に活路を見いだして行く道程、端的に言えば運動の歴史を取り扱う事によって、人権という見えないものに光を当てることの“尊さ”は、現代に通ずるものである。

しかし、橋下さんが提起した「差別、人権などネガティブな中身」をさらにひと工夫し、バージョンアップさせるためには、どんな手法が考えられるのか・・・この問題提起への答えが急がれたことは言うまでもない。

「リバティおおさか側の立場に立ってみると、差別や人権をネガティブと言われてはもうお手上げである。」と嘆いても、両手を挙げてホールドアップ−降参しても展望はない。リバティという枠で思考しては答えは出ないと少し、俯瞰して遠く上空から物事を見てみると、これも皮肉な巡り合わせか、橋下改革肝いりの府大、市大の統合という府、市一体型の公立大学開校が目に飛び込んできた。

なるほど、“ネガティブな中身”かどうかは、これからの時代を担う大学生たちが決めてくれたら良い。大阪の発展に寄与した人権課題であるさまざまなマイノリティ当事者たちの声に耳をかたむけ、歴史の教訓として活かすのか、はたまたSNS時代に対応するようなバーチャルリアリティ(仮想現実)を駆使した未来型の人権ディスプレイとして活用されることも多いなる期待をしたいと思っている。まさに、大阪公立大学が“総合知で越えていく大学”として存在価値と社会的役割を高めていくことになるならこの上ない喜びである。

映画『トイ・ストーリー5』が上映されている。“にんげんがいない時、おもちゃたちは生きている”という設定で、繰り広げられるユニークな世界観とストーリーが大ヒットしている
アニメーション映画である。

3万点におよぶ“人権のおもちゃ達”には申し訳なかったが、日の目を見ることなく、6年以上の月日が流れたが、静かに倉庫で保管され続けていた。にんげんがいないところで(活発に動き続けていたのかもしれないが・・・)魂が入れられることなく、ひっそりとしかし大事に保管されていた。

申し訳なかったが、ようやくトイ・ストーリーのおもちゃのように息を吹き返し、血流に血が流れるように、“人権という知の財産”が活かされる時が来たのだと思う。

橋下さんが指摘した「差別、人権などネガティブな中身」が、若人というキーワードでの検索によって、公立大学で再評価され、社会的貢献を果たすことができる絶好のチャンスが到来したと思っている。

あらためてここまで多くの関係者の努力によって、なんとか“ネガティブな人権”という課題を“ポジティブな人権という知の財産”にまで押し上げていただいたこと、たいへん感慨ぶかい想いを抱いており、感謝したいと思っている。

府大と大阪市大が合流するというまさに、絶妙なタイミングを迎えたという“天の時”と、大阪府議会、大阪市議会の各議員をはじめ大阪維新の会の先生方も含めその意義と役割を理解していただき、大きな役割を果たしていただいたという“地の利”。さらには水面下での協議や検討、ギリギリの攻防など、舞台裏に登場した方々は想像以上に神経を使い、ストレスを抱えひとつひとつの課題を乗り越えてもらった多くの方々による“人の和”という、“天の時”“地の利”“人の和”の3つが重なったからこそ、実現した快挙だと喜びを共にしたいと思っている。

大阪公立大学は、開学にあたって発表した憲章において、「人類普遍の真理の探究と、人権・自由・平等・平和の尊重」という理念が明記された。これを拠り所に、“人権という知の財産”は、さらなる高みへと押し上げてくれるものだと確信する。