Vol.228 沖縄復帰50年と水平社100年 お祭り行事ではなく未来への提案を

 

部落解放第65回女性集会が、5月14日と15日熊本で開催される。
この15日という日が、50年前の1972年5月15日。沖縄が日本に返還されて50周年を迎えるという記念すべき日にあたる。

NHK朝の連続テレビ小説では、沖縄を舞台に「ちむどんどん」が放映されているのも50周年を意識してのことだろう。そのテレビ小説でも本土復帰の前後を紹介しているが、米ドル紙幣が通貨としてつかわれる様子や換算レートでの詐欺行為などの混乱した様子を放映しながら本土復帰が目の前に迫ってきている模様が映し出されている。

また、アメリカ統治時代の沖縄では、本土へ行くには特別パスポートが必要であり、逆に本土から沖縄に来る時には日本政府が発行する身分証明書が必要な時代。今では考えられない状況がテレビで紹介されている。

自動車の対面通行も右側から左側になるのが、78年と本土復帰から6年後のことであり、この道路交通法が変更されたのが、7月30日であることから“通称ナナサンマル”と呼ばれているらしく、沖縄県庁の敷地内には当時の記憶が刻まれた「730の碑」が建てられているそうである。

この沖縄が日本に復帰した1972年(昭和47年)に生まれたひとたちのことを指して「復帰っ子」と呼ぶらしく、「復帰っ子、入学おめでとう!」「復帰っ子、卒業おめでとう!」「復帰っ子、成人式おめでとう!」という感じで、何かにつけて呼ばれているらしい。

ほんの50年前。沖縄はまだ日本ではなかったという歴史をしっかりと検証されなければならないし、日本における米軍基地の70%以上が沖縄に集中しているという現実も本土復帰50年という年に考えなければならない課題でもある。

また、2022年は全国水平社創設から100周年という節目の年に沖縄復帰50周年が重なり合うという歴史におけるイキな演出にこれからの平和と人権をしっかりと考え、部落問題と沖縄問題を当時者としてのアイデンティティーという立場から連携していくことの大事さを再認識する必要があるだろう。

この沖縄50年は「復帰」なのか「返還」なのか。沖縄のひとたちの多くは、「復帰」という言葉で説明している。「復」は、“ふたたび”という意味と“かえる”というふたつの意味が含まれており、さらにそこへ「帰」を重ねることで、「帰る」という沖縄の人の強い意志の反映でもある。

そうした思いは、「県民が日本への復帰を願った心情には、国の平和憲法の下で基本的人権の保障を願望していたから」であり、「沖縄は、国家権力や基地権力の犠牲となり手段となって利用され続けてきた。復帰という歴史の一大転換期にあたって、このような地位から沖縄のひとたちは脱却を求めた」というのが、“復帰”そのものへの目標であり、目的であったはずである。しかし、50年たってなお沖縄のひとたちはその呪縛から逃れられないまま今日に至っている。

わたしたち部落解放運動もまた、「そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦はる事が何んであるかをよく知つてゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求禮讃するものである」と水平社結成の目標を人の世に熱と光を求めて立ち上がって100年が経過したが、いまなお部落差別が世を覆い差別や人権侵害による被害は後を絶たない。人間をいたわることを知っているわたしたちこそが、共に生きる共生社会実現へさらに奮闘しなければならないが、道なお遠しの感は否めない。

部落も沖縄もまた、差別や社会的な閉塞感に“抗う”ことを忘れては、50年や100年という記念日だけがやってきて闘いの思想や教訓は、お祭り行事で忘れられてしまうことになってはいけない。50年や100年という節目は、あくまで時間軸で俯瞰して活動の道程を総括し、今後の方向性を確認していく作業こそが、記念行事でなければならないことは言うまでもない。

府連は、8月の大阪府水平社創立100周年を記念して“大阪水平社100年にあたり運動と組織の展望を探る”と題した基調論文のとりまとめ作業に入っている。部落のまちづくりに日本の地域社会の未来があるとの大胆な提案を志向している。

まさに沖縄の方言で言う「ちむどんどん(胸がワクワクする気持ち)」だ。