Vol.273 「賃金と物価の好循環」 いったいどこの国の話なのか

3月19日「賃金と物価の好循環が実現する見通しが立った」と日銀の植田和男総裁が記者会見で語り、日銀金融政策決定会合で正式に「マイナス金利解除」という方向転換が図られた。

「賃金と物価の好循環」という指摘が果たして多くの国民市民の実感にマッチしているのかどうか、答えは、きわめて乖離しているという回答になってしまうのではないだろうか。

およそどこの国でも、まず第一に達成すべきは、国民市民が少しでも暮らしが楽になったとか、豊かになったという実感が持てる国づくりにあることは言うまでもない。

3月22日に内閣府が発表した「社会意識に関する世論調査」で「今の社会で満足できない点は?」との問いに対し、一番多かった答えが「経済的なゆとりと見通しが持てない」の63.2%で、この設問を始めた2008年からの最高を記録したというのだから、“賃金と物価の好循環”という言葉が絵空事に聞こえてしまう。満足できない第二位は、「子育てしにくい」が28.6%、次いで「若者が社会での自立を目指しにくい」が28.2%、「女性が活躍しにくい」が26.2%と続いている。このアンケート結果のどこに“暮らしの満足と豊かさ”が実感できるのか・・・まさに好循環ではなく、悪循環と言わざるを得ない。

また同じ調査で「現在の日本の状況で悪い方向に向かっていると思う分野は?」の問いには、1位は、「物価」で68.4%、以下「国の財政」が58.4%、次いで「景気」58.1%となっており、この結果を見ても日本の低迷と停滞が長期にわたって続いている現状だ。

日銀の植田総裁が「マイナス金利解除」という方向転換に至った背景には、労働組合の連合による今春闘の賃上げ率が5.28%を達成し、それが33年ぶりの高水準だったことに意を強くしたためと解説されている。しかし、現実は、連合が組織する労働者は、全労働者の16.5%、999万人であり、しかもその3分の2は従業員1.000人以上の大企業に職を得ている正社員の賃上げ率であることからも、日本で働く労働者全体像を反映した数字とは言い難い問題でもある。しかし、連合の頑張りで全体の賃金水準を33年ぶりにアップさせたことは大いに評価に値する出来事でもある。

企業数全体の実に99.7%、全従業員数の67.7%を占める中小零細企業が賃金のベースアップの真ん中に位置し、その中心からはじき出された数字ではない。

2022年の国税庁民間給与実態調査結果では、1年を通じて勤務した給与所得者の51%が年収400万円以下であり、21%が200万円以下という結果が報告されている。同時期に発表された内閣府年次経済財政報告書では、世帯所得の中央値は1994年の505万円に対して、2019年には374万円と減少しており、131万円ものマイナスという結果も報告されている。

労働者一人当たりの実質賃金は1996年から2023年までの27年間に17%も減少したという結果も報告されている通り、“ゆとりと豊かさの実感”など、ほど遠い現状と言わざるを得ない。

GDPにおいても1995年を100として2022年の水準をはじき出せば、アメリカのGDPは333に拡大しており、中国のGDPはなんと2447にまで跳ね上がる計算となっている。実に24倍の規模に拡大している。それに対して、日本は76に縮小しており、1995年の4分の3に縮小しているという低迷ぶりだ。

日本はかつて一億総中流と呼ばれた時代がある。中間所得者層が分厚い分配構造を有していたが、市場原理にすべてを委ねる経済政策が推進され、格差社会が到来した。真面目に一生懸命働いても年収が200万円に届かない人の比率が2割を超え、生産活動の結果として生み出される果実がきわめて不平等にしか分配されているというのが実情だ。

物価上昇という現実だけが、身近でビックリするほどの上昇ぶりで、それに賃金が追いついているとは到底言えないというのが、庶民感覚ではないだろうか。政治とカネの問題で、国民市民の政治への閉塞感は、爆発寸前にあり、株価が4万円と言われても現実にはピンとこないのが実感である。

まさに「好循環」とはどこの国の話しだと声高に叫びたい今日この頃である。