Vol.243 緊張関係を悪化させる「安保政策の大転換」

日本国憲法では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定められている。

憲法に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記されているのに、日本は世界第9位の軍事力を保持する国である。これがあと5年ほどの間に3位にまで上昇すると言われている。まさに軍事大国へまっしぐらといった状況である。

岸田政権は、「国家安全保障戦略」をはじめとする「政府三文書」を閣議決定し、防衛費を5年間で43兆円、5年後にはGDP比2%の約11兆円に倍増させようとする方針を確定させ、復興特別所得税を含む「防衛増税」をおこなおうというおぞましい軍拡路線が登場してきている。

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」「国の交戦権は、これを認めない」と憲法が定めているのに、どうして日本が他国のミサイル基地を先制攻撃して良いことになるのか。

これまでの自民党政権は、ことあるごとに「日本を取り巻く安全保障環境はますます厳しさを増しており」という決まり文句を繰り返しており、脅威が増している中身そのものを何ら問うことなく、その表現をオウム返しのように繰り返すマスコミ。それが毎日にように繰り返されると、一般の人々は「そうか、ますます脅威が差し迫っているのだな」と、根拠不明の不安感とテレビで最近ちょくちょく繰り替えされる緊急速報による「北朝鮮から弾道ミサイルの可能性があるものが発射されたとの情報」というアラーム音が、ますます脅威を駆りたてており、不安を増大させている。

この“脅威が差し迫っている”という事態を語る場合、「潜在的脅威」と「現実的脅威」に峻別して物事を捉えるという事が大事なようである。根拠のない何とはなしに「北朝鮮が怖い」「中国は危ない」と醸し出す空気に身を委ねるばかりで、本当に日本が直面する軍事的脅威があるとすればそれは何なのかを分析することを最優先すべきであることは言うまでもない。

そもそも日本の外交は、侵略と敗戦という歴史的な背景をもつ日本独自の防衛力とアメリカの傘の下という日米安保条約で国を守ってきたのであり、ある面、憲法9条を基本とする専守防衛という考え方が、周辺諸国にも徹底され、日本の安全保障が担保されてきたという現状を理解しなければならない。

それを敵基地を攻撃すること自体は、他に対抗手段がない場合は「自衛の範囲内」と認めつつ、他国に攻撃的脅威を与える兵器を平素から持つことは「憲法の趣旨ではない」として否定してきた考え方を一変させ、ミサイル戦力増強を理由に「反撃能力を保有する必要がある」と踏み込み、5年以内の防衛力の抜本強化を掲げ、憲法違反ともいえる反撃能力を念頭にした武器の量産を予算に盛り込み、23年度から5年間で防衛費を43兆円にまで膨れあがらそうとしている。ウクライナ侵略、北朝鮮のミサイル問題、台湾有事を理由にGDP比2%枠以上に増大するべく、防衛費増額に増税ありきの議論が展開されている。

日本だけでは、中国、ロシア、北朝鮮を抑止することは容易ではなく、刺激しないように日本の外交の基本である“専守防衛”を全面に出した役割を果たし、対外関係を構築していくという外交努力が不可欠であり、自己主張の強いしかも反撃能力を備えた危うい日本と平和で安定した関係をつくろうとは思うわけはなく、当然、緊張した関係がますます悪化していく方向に向かうことは火を見るよりも明らかである。

明日にでも攻め込まれ、ミサイルが撃ち込まれるといった現実的脅威が本当に日本に差し迫っている“脅威”が存在しているのか、じっくり国会で議論されることを切望する。そして、日本のとるべき道は、戦争を起こさない、起こさせないようにすること以外、選択肢は用意されていない。広島、長崎への原爆投下、20万人もの人が亡くなったとされている沖縄での地上戦など、多くの犠牲がもたらした敗戦を教訓とした外交防衛こそが、日本の生きる道そのものである。

地域の脅威レベルを潜在的な脅威にまでトーンダウンさせる努力こそが、とるべき日本の道であり、岸田政権の流れはそれに逆行している。「敵基地攻撃」とGDP比2%という「43兆円増の国防費」では軍拡を加速させ、周辺諸国に不安と緊張感をもたらすだけだ。

来年は、「安保政策の大転換」をめぐって分水嶺の年になりそうだ。