Vol.140 日米のスポーツ観から考える青年と活動のありよう

「なんとも斬新な提案ですね」「目から鱗(うろこ)でした」。
9月8〜9日にかけて大阪で開催された部落解放共闘の九州ブロックと近畿ブロックとの交流会で、大阪の報告をさせてもらう機会をいただき、約1時間の報告に対していただいた感想だ。

わたしは、現在の労働運動も解放運動も若い人たちは、「1年365日労働組合のことばかり考えている若者はいない」「被差別部落の出身であるというアイデンティティや労働運動に対するイデオロギーがつねに若い人たちの真ん中にあるという時代ではない」と訴えた。共感されたのか、批判的に受け取られたのかはわからないが、問題提起になったことは、事実のようだ。

「生涯部落解放運動に身を捧げる」といった“哲学”は、今日の時代に継承されるものではなく、むしろ自分の人生においてのひとつの活動領域、趣味やサークル、学生時代の友人との関係など、多種多様な自分の人生においてのひとつの活動が、労働運動であったり、部落解放運動であるというのが、今の若者のトレンドだと思う。

猛暑が続いた今夏の高校野球は、節目の100回ということもあり、例年以上の盛り上がりを見せた。優勝した大阪の桐蔭学園より、秋田の公立で、野球部の全員が秋田の出身という金足農業高校の甲子園での大健闘が大きな話題となり、とくにエース吉田輝星くんの予選から一人で投げ抜く姿に魅入られてしまった高校野球ファンが多くいたことは記憶に新しい。

今大会で吉田くんは、6試合で合計881球。秋田大会を含めると11試合で1517球を投げたことになるそうだ。吉田くんように苦痛に耐えて連投する高校生投手を「美しい」と称える甲子園のありように対する疑問の声が寄せられていることを皆さんもご存じだろう。

アメリカのメジャーリーグのスカウトが、高校野球を観戦した際に、「児童虐待だ」と言ったのは有名な話であり、しかも炎天下での連日の連投という行為に対して、とくにピッチャーに対する「登板過多」が疑問視されている。

アメリカでは、メージャーリーグ機構と米国野球連盟が18歳以下のアマチュア投手を対象にしたガイドライン「ピッチ・スマート」を作成しており、その項目では、①1日の投球数は17〜18歳で最多105球まで、②31〜45球を投げた場合は中1日、76球を超えると最低でも中4日の休養が必要、③試合に登板しない期間を年間4カ月以上設け、そのうち2〜3ヵ月は投球練習もしない。
日米における高校野球観の違いがわかっていただけるだろう。

テニスの全米オープンで見事な優勝を飾った大坂なおみさんの急成長の裏には専属コーチに就任したドイツ出身のサーシャ・バイン氏の存在が大きいと報道されている。敏腕指導者であり、その手腕が大坂さんにも遺憾なく発揮されたと言われている。バイン氏の指導方法は、「できるだけ楽しく、ポジティブな雰囲気を作る」ことだそうであり、トレーニングでも一緒に汗を流し、ラリーやサーブの練習では、「負けたら渋谷の交差点でダンスする」など、罰則ありの勝負形式で意欲を起こさせる。負けたバイン氏が罰則のスクワットをし、大坂がニヤニヤしながらスマホで撮影するなど、練習は笑いが絶えないそうだ。「ハッピーでポジティブな練習方法が、いい影響になっている」と言うのである。

まさに、「選手ファースト」「アスリートファースト」だ。日本は、こうした流れに逆行するように、練習の過酷さや昔ながらの根性論がいまもなお、アマチュアスポーツ界を席巻しているとは言い過ぎか。

相撲界からはじまり、レスリング、アメフト、ボクシング、そして、最近では体操まで、指導方法を巡ってのパワハラや対立などは、まさに選手の立場に立って、選手生命を一日でも延ばしてやろうという指導者というよりは、協会内部での自分の地位保全に必死の形相となっているサマがあちらこちらのマスコミで取り上げられるなんとも情けない現状である。

スポーツ界は、道具も戦術も技術も大きく進化してきているが、指導方法だけが進化しておらず、旧態依然たる指導方法のままであり、こうした現状が、さまざまな問題を惹起させているのである。

わたしたちの部落解放運動も旧態依然たる青年への活動参加へのオルグ行動ではなく、自分たちで取り組んでいこうとする社会運動というミッション(使命)を若いひとたちと共有するという“活動の仕掛け”が、必要な時期を迎えたようである。