Vol.112 「ガバナンス型」の運動が求められている

「住宅のドアノブが壊れました。市営住宅なんで2回目の破損は自己負担なんですかぁ?」と困惑した様子で訪ねる地域住民。「そんなんまかせとき、俺が役所にモノ言うたる!」-とある支部幹部が大見得を切る。
“同和対策事業華やかしき時代”の一コマ。「大きな声に役所は弱い」。ある意味忖度(そんたく)の世界である。そんなやりとりが、6月24日〜25日にかけて開催された府連幹部活動者合宿で議論された。

それぞれの首長が絶大な権力を持っていた時代は、市長の提案はある意味絶対的であるし、いわばトップダウンによる事業展開が可能であり、わが同盟の行政交渉も首長との交渉における言質をとりつけることで、「市長も必要性を理解した」「この事業が有効であると市長が認めた」という確認事項が先行し、それを受けた理事者らはトップの判断を最大限に尊重したかたちで事業を推進させる。いわば施策ありきで理由は後からついてきたといったら失礼か。
ともあれ圧倒的な権力でもって施策をトップダウンで進行していくという行政手法を“ガバメント”(統治)と呼んでいる。こうしたガバメントによる行政手法は、主体的にかかわりながら合意を形成していくという民主政治のプロセスを嫌い、首長によるトップダウンや、地権者による独断で物事が決められていくケースが多い。それに対して、「ガバナンス(協治)」は、自発的協働による自治とでもいったものだが、それは公共性の思想を現代社会において体現しようとした昨今の動きである。
ガバナンス(協治)はガバメント(統治)の対義語だと言われる。いままでの政治は政治家が(国民に選ばれた議員)国民の行く末を決定し、それをトップダウンで実行していくという政治手法だ。それに対しガバナンスは、市民が主体的にかかわりながら合意を形成してゆくという手法であり、「協働の仕組み」が求められ、当然のことのように「説明責任」がともなわれることになる。

一見強面ともいわれる解放同盟による行政との向き合い方も当然、こうした変化に対応しなければ時代に取り残されることは言うまでもない。「そんなんまかせとき、俺が役所にモノ言うたる!」という同盟支部の幹部の発言がまかり通る時代でもない。
しかし、ドアノブが故障し、しかもそれを自己負担させるというには、ひとり暮らしで生活が厳しい高齢者には、当然のことのように重荷になることは火を見るよりも明らかだ。これをひとり暮らしの厳しい生活実態の相談を集約し、自己負担のありようと行政的支援について政策的な提案をこれからの部落解放運動では求められる時代である。
行政に対して声高に叫ぶという手法ではなく、議論経過の丁寧な説明と政策効果をしっかりと説明できるプレゼン資料の必要性など、手間をかけ丁寧に仕上げていくという今までの運動とは違い途方もない労力を使い、提案資料をつくりあげるというガバナンス型の行政への政策提案が、これからの解放運動に求められており、こうした実践を通じて信頼を獲得することが重要であることは言うまでもない。

はっきり言って、「じゃまくさい」「時間のかかる」作業であるが、この丁寧な議論と説明資料をつくりあげる中で、鍛えられ行政のさまざまな事業へのエントリーのための資料や新たな事業計画などの
企画書がつくられていくのである。

「同対審答申を呼んだことがあるのか」「差別の傷みがわかっているのか」といった行政交渉では、行政職員に対しても社会に対してもこれからは共感を呼ぶことは出来ないだろう。行政にプレッシャーをかけ続ける圧力団体では、行政との信頼関係も心からの共感も生まれてこないと言うことをわが方から悟らなければならない。「ガバメント(統治)」ではない。「ガバナンス(協治)」による政策提案をやりぬく力をつけていくことが必要不可欠な時代を迎えている。

「そんなんまかせとき、俺が役所にモノ言うたる!」ではなく、「おばちゃん。一緒に考えよ。しかし、ちょっとは自己負担せなあかんかもしれへんで・・・おばちゃんだけの問題ちゃうもんなぁ」と語りかける時のようだ。