2025年は運動のテーマが凝縮した節目の年
2025年という新たな年は、部落解放運動の歴史上大きな節目の年と言える。
それは、1965年に発表された「同和対策審議会」答申(いわゆる「同対審」答申)から60年の年であり、また、1955年に部落解放全国委員会から現在の部落解放同盟に名称を改称してから70年という節目の年を迎える。
また、「部落解放基本法」を求める国民運動が提唱されたのが1985年であり、そこから40年という歳月が流れている。さらには、2025年は「部落地名総鑑」差別事件が発覚してから50年、発覚したのが1975年、この差別図書の存在が明らかにされ、国会でも取り上げられ、労働大臣声明、12省庁の事務次官名で経済6団体に要請書が出されるなど大きな社会問題となった事件から50年を迎えることとなる。
歴史的には、第2次世界大戦敗戦80年、つまり、戦後80年の年にあたり、同時に広島・長崎に原爆が投下されて80年でもある。また、あの阪神・淡路大震災から、今年の1月で丸30年を迎える。
つまり、歴史的に見ても節目の年であり、とくに部落解放運動にとっては、「同対審」答申が指摘した部落問題解決への国の責任と国民的課題について、60年を迎えてあらためて差別の現実を世に問うという解放運動の方向を示さねばならない。さらには、部落解放同盟を名乗り70年。今後も綱領で掲げた「部落解放同盟は、部落民とすべての人びとを部落差別から完全に解放し、もって人権確立社会の実現を目的とする。」という“部落民とすべての人びとを部落差別から完全に解放し”、という主体を部落民や部落出身者を対象とした運動の形態で進めていくのか。70年を機に大いに議論し、組織の新たな機能や名称も含めた改革論議が求められている。
「部落地名総鑑」事件から50年。「部落解放基本法案」発表から40年に関わっては、2016年以降に部落差別解消推進法やヘイトスピーチ解消法、障害者差別解消法、アイヌ施策推進法、LGBT理解増進法などの個別マイノリティに対する法律が成立したが、いずれも理念法にとどまっており、人権侵害に対する規制や救済措置といった踏み込みはきわめて弱い内容であり、これを機に国内人権機関の創設はもとより、包括的な差別禁止の法制定議論を呼び起こす第2段となる国民運動の提唱が求められるところである。
阪神淡路大震災30年
また、命と暮らしを守るという観点からも災害に対する備えと“いざ”という対応が求められる。地域を挙げた防災計画やマップの作成、緊急避難への対応などの具体方針を阪神淡路大震災から30年にあたり、あらためて災害への危機対応を大阪の各部落で方針化することが急務である。
1995年1月17日兵庫県を襲った阪神淡路大震災の被災者支援で、府連は、1月22日夜に各支部から水、食料品、衣類、生活用品などの支援物資を満載にしたトラック、マイクロバス、ワゴン車など85台が集結。現地に向かうボランティアは350人を数え、第1弾としての緊急支援行動が取り組まれた。あれから30年、東日本大震災や能登半島地震など、列島は揺れに揺れている。日頃からの備えと対応を各部落はもとより、近隣も含めた防災対応をあらためて呼び起こす年としたい。
部落差別を根絶するための法体系は、人権の法制度で達成するのか。85年に部落解放基本法案を発表し、宣言法、事業法、教育啓発法、規制・救済法という4つの分野を包括した基本法案を発表した理念は、いまも分離しながらその実現に向けて歩んではいるが、その方向は間違っていないのか。問われる分水嶺の年でもある。
ゆるやかにつながるネットワークを
解放同盟への改称は「名実共に部落大衆を動員し、組織し得る大衆団体としての性格を明らかにし、そして真に全部落民団結の統一体として、解放闘争を飛躍的に拡大発展」させることが目的であった。しかし、現在の被差別部落は、若者が部落から姿を消し、そして社会的に困難を抱えたひとたちといえる貧困層を部落に招き入れるという社会矛盾が集中している地域と変貌してきている。
つまり、地域イコール部落出身者や部落住民が集住する地域という構図が崩れ、部落に対するアイデンティティを持つ若者たちが部落の外に居住しているという実態だ。地域を基盤とした解放運動のありようが問われる問題である。
被差別部落に生まれ幼少時代を過ごしたひとたち。小中時代を部落で育ったひとたち。部落を離れた多くのひとたちが持っている「少しだけ、自分が部落の関係者であるという小さな自覚」というアイデンティティをゆるやかに繋がることができるネットワークの創造を本格的に開始する年にしなければならない。
大阪の部落解放運動を第4期の解放運動と位置づけ、“地域共生社会実現”をめざすと掲げ、一支部に一社会的起業を興すと提案し、自らの地域を自らで経営していこうと呼びかけた。この運動の方向をさらに飛躍的に発展させていくためには、とにもかくにも“人材”と“資金”、いわゆる人とカネである。
財源づくり人材づくりをそれこそなんとかの壁ではないが、突破するような大胆な改革論議を今年は大いに巻き起こしたいと思っている。
平和、組織、行闘、糾弾、法、防災
また、戦後80年は“平和”。同盟への名称変更70年は“組織”。答申60年は“行闘”。地名総鑑50年は“糾弾”。基本法40年は“法律”。震災30年は“災害”。運動の大きなテーマが凝縮した2025年を迎えたこととなる。
平和が脅かされそうな世界情勢であり、あらためて世界の水平運動の重要性が増している。組織改革は待ったなしの喫緊の課題である。、“地域共生社会実現”をめざす地域における支部活動と若者を中心に部落を巣立っていったアイデンティティでつながるサークル的活動の展開。そして、あらためて部落問題を真ん中に置いた行政闘争の強化。差別を訴えつつも未来指向型の現代版“糾弾闘争”の創造。人権の法制度の現実的なアプローチ。最後に地域における災害と人権という視点でつなぐ絆によるまちづくりの創造。どれもが2025年に手がけなければならない重要なテーマである。
忙しい2025年の幕が拓いた。支部自慢、ムラ自慢の運動の経験が大いに語られる年にしようではないか。部落解放運動に結集するすべてのひとたちに呼びかけるものである。