Vol.305 戦後80年の「談話」 石破首相の判断はいかに

「討ち死にか?」「やれるところまでやって玉砕」という雰囲気になってきた石破首相。
新聞各紙が、大見出しで「石破首相、退陣不可避に」と、もう決まったかのように煽り立てているマスコミに対して、逆に意地を張って「責任を果たす」という心境になってきているのか、「会談で私の出処進退については、一切、話は出ていない。そのような発言をしたことは一度もない。報道されているような事実はまったくない」と、辞任報道を強く否定。国会周辺では、「石破辞めるな」キャンペーンが突如沸騰、「石破やめるな 官邸前激励2025」と銘打っておこなわれるという事態だ。

参加者の多くは、立憲や共産党支持者や無党派層の人たちのようだが、中には自民支持者もいるようで、「石破やめるな」コールを官邸前で叫ぶという異常事態が発生している。

この参議院選挙、確かに石破首相の責任において自民党が敗北したという結果は厳しい総括が必要だろう。しかし、石破首相の9ヶ月前の登場の背景には、自民党全体を“脱安倍”に持って行けるかどうかが石破氏の評価の分水嶺にあったのではないだろうか。正直石破首相はこの問題に真正面から取り組んだとは言い難く、裏金問題に端を発した政治献金問題への決着も中途半端なまま推移しており、鈴木宗男氏が指摘している「『裏金問題のけじめがついていない』と非常に厳しい声があり、去年の衆議院選挙や今回の参議院選挙の結果につながったと思う。明確な責任を取らない連中が石破総理大臣に反発するような話はすり替えの議論で、短絡的に『悪い』と言うのは拙速だ」と述べている。極めて真っ当な意見と言えるだろう。

旧安倍派などのメンバーに退陣すべきと迫られれば迫られるほど、逆に石破首相のファイティングポーズが強固になっているような政局である。7月26日付の朝日新聞の解説を読むと、「総理はものすごく使命感に駆られて」「野党党首らとの会談で『辞めません』と明言した」(首相側近)との内容や「首相が退陣の意向を固めた」との一部報道が伝えられた23日夜、首相は周囲に「古い自民党には戻したくない」と強い口調で語った。との報道。さらには、首相は「石破おろし」を主導しているのは、派閥の裏金問題の震源地だった旧安倍派だとみて、周囲に「こんなでたらめをやられてたまるか。誰がここまで自民党を駄目にしたんだ」と強い憤りを見せるとか。参院選で参政党が台頭したことも強く懸念していて、側近によれば、首相の「使命感」の一つとして「参政党が伸びるような社会状況に」「危機感をもって」いるという報道内容である。

で決意するのが遅いのでは・・・とは言いたくもなるが、しかしこれからでも「やる」と言うのであれば、「是非ともやって頂きたい」とエールを送っているのが、国会周辺での「石破辞めるな」キャンペーンに繋がっているという政治動向である。

そして、石破さんがやめないもうひとつの理由が、最近トレンドとして急浮上してきている。
それが、「戦後80年決議」の表明である。すなわち日本国の戦後80年には、自分が首相として見解を表明しなければ、という使命感だと言われている。それを果たさずに首相の座を去るという選択はないという決意だと腹を決めていると言われている。

戦後50年の“自社さ政権”の時に発表された「村山富市首相談話」において、先の大戦を侵略戦争だと明言したことにより、アジア各国の信頼を繋ぎとめることができたとの認識はいまや国際的にも評価されることとなっており、石破首相の中にも強くそのことがあり、戦後80年にあたっての談話を自分の手で成し遂げたいという悲願でもあるというのだ。

しかし、簡単にはいかない国際情勢や国内的事情である。世代が変わり、戦争の実体験への記憶が失われるという国内事情。国際的には、ウクライナ、ガザ戦争や米のイラン攻撃を目の当たりにして若い世代がどう反応するか。“日本人ファースト”という外国人排斥の論理が湧き上がる昨今の情勢において、日本の歴史認識が問われる大作業である。戦後80年というこの機にあらためて戦争責任と多様性を尊重する日本社会のあり様を問う「戦後80年談話」がまとめられるのだろうか。果たして石破首相にその手腕があるのだろうか。

戦後60年の際には、当時の安倍晋三首相に日本の行為を侵略とは認めない談話が発表され、アジア各国から批判の対象になったことは言うまでもない。さて今回の戦後80年談話。大注目である。