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コラム | 2024年11月27日
コラム | 2024年11月16日
部落の高齢化、若い人たちの部落離れは、いまや全国的な共通の問題として挙げられる。
支部大会や地域集会の主役はいまやつねに高齢者であり、熱心に参加し、熱く語ってくれるのは、いつも高齢の方々だ。
中城支部で水平社100年を記念した集会が開催された。茨木市長や教育長、議員の方々など多くの来賓の皆さんが華を添えてくれた。集会の段取りは若い人たちがテキパキと動き、スムーズな運営が図られていた。中城の歴史を回想するということもあってか、また長い中城の活動を支えてくれたご苦労も兼ねてか、多くの地元高齢者の方々の参加が目立っていた。
何人かの方のスピーチを聞いていると差別への怒りや中城結婚差別事件や学校でのシンナー問題による中学生の急死といった痛ましい事件など、そんな歴史的大事件などが地域全体の部落解放への思いを高揚させ、今日の運動の礎が築かれていったんだなあとの感想を持った。
しかし、年配の方の運動への参加エネルギーはどこから湧き出ているのか、スピーチを聞いていると少しヒントが隠れていたようにわたしには聞こえてきた。
それは「識字活動」だ。
応援している学校の先生もそれに習う受講生・ムラの高齢者がイキイキと活動に参加し、イキイキと学んでいる姿が報告されていた。
「なぜ、これほど前向きに積極的になれるのか」とスピーチを聞きながら悶々と考えていたが、なるほどっと閃いた。(笑)
それは、同和対策が大阪では、各地区に華々しく実施されていた時代であり、高校生集会や教育・保育の関係者集会など、開催すれば大入り袋が配られるほどの盛況ぶりで同盟員も毎年増加するという右肩上がりの時代でもあった。
しかし、どの支部でも特別対策が終焉を迎えて以降は、支部員離れは顕著でつぎつぎと同盟員減少という時代に突入している。つまり、同和対策を受ける立場の受動型解放運動は、自分の意志からでなく他に動かされる要素が強く、だからこそ支給事業が終了すれば同盟支部からも離れていくという現実となっている。
この受動に対して真逆が能動だ。
自分から進んで行動していこうという動きが、高齢になっても「支部の活動に顔だけでも出すよ」といった意欲的な面々や「世話になった支部やねんからせめてもの恩返しや」といって元気に隣保館に現れてくれるのは、やっぱり「識字活動」に参加し、自ら能動的に字を覚えようと自分から進んで参加していた面々であったのではないかというのは、どうだろうか?
つまり、教育・保育の活動においても受動のみにならないように、「守る会」や「推進する会」を発足させ、同和対策事業だけを受給するという範囲にとどまらず、教育の課題や保育の課題への政策提言や活動などを追求してきたものの、やはり事業の切れ目が縁の切れ目になってきたという事実は免れないようである。しかし、“識字”は、字を覚える文章を覚えるという自分の成長が間違いなく、自分に活かされていくという特徴を持ち、自分への自信にもつながっていくという得られる成果は無限大である。
同和対策という特別対策中心型の運動を転換させ、行政依存体質からの脱却をめざすなど、20年以上にも及び、そうした運動の改革が叫ばれている。それを大阪府連は、第4期の運動と提唱し、“地域共生社会の実現”というテーマで運動の展開を呼びかけている。
つまり、能動型運動である“識字活動”を、今日の識字活動的運動へと変革していくという運動の方向がイマイチ明らかにできていない不十分さに忸怩たる思いを持っているひとたちは多いだろう。
「学ぶという意欲」「参加しているという実感」「自分が成長しているという感覚」「参加していて楽しいというポジティブな思考」−こういった活動とは、現代版「識字」とはいったいどんな活動スタイルやとりくみなのか、大規模な集会や従来の府連大会や支部大会とはひと味違う、それこそ支部自慢・ムラ自慢の活動スタイルの登場を期待したいものだ。