Vol.254 偏ったイメージ植え付けるLGBT法案 いったい誰を守る法律なのか 

「これが国会のレベルと言えるのか」。そう叫びたいほど、レベルの低い法案が国会の衆議院を通過し、参議院に送られた。「この法案は、誰を守る法案なのか」・・・まったく首をかしげざるを得ないLGBT法案だ。

性的少数者に対する差別と偏見、いじめなどを克服し、解消していこうという法案であったはずの議論が、効果あるべき法案どころか、「すべての国民が安心して生活できるよう、留意する」との条文が加わり、トランスジェンダーの当事者たちの不安を増幅させるばかりか、当事者その者のひとに対して、恐れの対象とみなそうとする法律案である。

トランスジェンダーとは、「一般的に、生まれた時の性別が異なる人のことを意味」しており、一口にトランスジェンダー、性的マイノリティとはいっても、そのパターンは個人の数だけあり、様々であり、多様な性について理解することが求められている。

「性はグラデーションである」とも言われており、トランスジェンダーと言ってもその当事者のタイプは様々であり、それぞれの個性ともいえる。しかしそういった性的マイノリティに対する周囲の人たちの差別や偏見、思い込み、さらには間違った理解や決めつけに苦しんでいるひとも多数にのぼるのが現実である。

この現実の差別と偏見の撤廃に向けた法整備でなければならないことは言うまでもないが、国会での審議内容は、「風呂などの男女別の施設を自認する性で利用するひとが出るのではないか」との不安が国民の中に広がっていると主張する一部の議員の意見など、差別に苦しむトランスジェンダーを女湯に侵入する変質者だと断定するような差別的な意見も飛び交っており、そうした意見を「無視できない世論」だと決めつけ、「すべての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」と明記し、マイノリティを保護するどころか、マジョリティに配慮した本末転倒の法案審議だ。

弱い立場の性的少数者が身をすくめカミングアウトすら出来づらい社会でありながら、さらに生きづらさを強いる法律が、人権の法制度のひとつとして評価されること事態が、ナンセンスであり、マイノリティにとってはますます身をすくめて生活しろと言わんばかりの内容である。

トランスジェンダーのひとたちの多くは、「男女別のスペースでも自分の外見や身体的な特徴をもとに、第三者からとがめられることがないよう、トラブルが生じないように最善な配慮をした上で使用している」との意見が寄せられるなど、当事者はそれこそ、ひっそりと配慮に配慮を重ねて気をつかい、自分の性について出来る限り目立たないよう生活しているというのである。

それを“理解増進”という上から目線で、トランスジェンダーのひとたちを一定理解しようではないかという法案であり、「理解するかわりに、わたしたちも安心して生活出来るよう配慮しろよ」と言わんばかりの傲慢な法律内容である。

そもそも大部分のトランスジェンダーの当事者たちは、自身が公衆浴場やトイレを利用する際、社会的にトラブルになることなど望んではいない。「『心が女だ』と主張したからといって『トランスジェンダー女性になれる』わけ」でもない。

犯罪目的で女性用スペースに入ってきた人が、「自分はトランスジェンダーの当事者だ」という主張を盾に言い逃れようとしても、本人の成育歴や通院歴、家族への聞き取りによってすぐにトランスジェンダーの当事者かどうかの判断はつくものであり、そもそも性犯罪、性暴力、性的な迷惑行為は、違法行為であり、犯罪である。

それを差別撤廃を求める法律と犯罪行為がないよう配慮を求める事とを両天秤にかけるような建て付けそのものが間違いであり、むしろこの問題をよく知らないひとびとに偏った“トランスジェンダー像”を植えつけることとなり、当事者をさらに苦しめる可能性のあるきわめて不十分な法案である。

トランスジェンダー当事者が、カミングアウトしても差別や偏見から解放され、当時者の権利擁護が担保されるような法案ではない。しかし、せめて性的少数者に対する差別と偏見、いじめなどの克服をめざすという方向性を理解し、増進させるという法律案となるよう参議院での議論を期待したい。