Vol.193 トランプが解き放った差別の「扉」

わたし達の研修会や集会でも度々講演などでお世話になっている作家の雨宮処凛(あまみやかりん)さんが東京新聞のコラムで、「米大統領選と相模原事件」と題して寄稿しており、その中身があまりにも衝撃的な内容であることから紹介したい。

2016年に起きた相模原障がい者施設殺傷事件(19人を刺殺し26人が重軽傷を負って)死刑判決を受けた植松聖死刑囚が、今年1月から3月まで続いた裁判おいて、「トランプ大統領の名前を何度も出し」「立派な人」「見た目も生き方も内面もすべてカッコいい」。そんなトランプが前回大統領選の際、植松死刑囚の心が動いたと証言。「これからは真実を言っていいんだと思いました。重度障がい者を殺した方がいいと」。また、大統領選が11月にあることから、その後に自分が事件を起こすと「トランプみたいな人が大統領になったからこんな事件が起きた、と言われるのでは」と思い、その前の7月に事件を起こした……との犯行動機を語ったのである。

今回の大統領選挙においてもトランプ氏に投票した人の数は、7300万人にものぼっている。すべてが植松死刑囚みたいな差別主義者の考え方ではないだろうが、その多くは、「アメリカを再び偉大に」というスローガンに看過され、アメリカを再び白人を中心に据えた国にするというメッセージへの共感でもある。ますます人種の多様化が進むアメリカでは、白人の優位さが急速に失われていることに脅威を覚え、快く思っていない階層が相当数にのぼるらしい。それは、20世紀前半のアメリカでは、90%が白人が占めていた国であったらしく、その数字が、現在では全人口に対する割合は63%で、人口構成は大きく変わったことになる。21世紀の中頃には、これまで白人が多数を占めていた州でも、白人が少数派に変貌しつつある人口構成だ。

そこに登場してきたのが、トランプ氏であり、狂気に満ちた暴力的言動は、それまで長い間、いわゆる良識の壁に囲まれて社会の片隅で密やかに語るしかなかったレイシズムや女性差別、植松死刑囚の障がい者抹殺論まで含めたあらゆる差別主義を解き放ってしまうという負の側面が前面に出た社会を到来させるというきわめて由々しき時代の扉がひらいた事を意味することとなった。つまりは、パンドラの箱が開いたのだ。

同様に鳥取ループによる部落差別のオンパレードをネット上で公開するという差別扇動も根っこは同じで、今まで部落差別に関する発言は社会から指弾されるもので、心に思っていても口に出してはいけないとするアンタッチャブルの世界であったものが、「差別しても良いのだ」「部落民が誰なのかをアウティング(暴く)しても構わない」とする一種今までと違う次元の差別扇動が起こってきている。つまりは、トランプ氏のことをクレイジーだと簡単にかたづけられる世界ではなく、社会全体がトランプ化現象を起こしてきていると捉えるべき時代が到来したようである。

路上生活者と見られる女性が寝泊まりしていた渋谷のバス停ベンチにいたところを殴られ、命を落とすという事件が発生した。事件から5日後、母親に付き添われて逮捕されたのは、46歳の男性だ。

その男は事件前日、バス停にいた女性に「お金をあげるからどいてほしい」と言ったらしいが、翌日もまだ女性はそこにいたようで、その無防備な女性に対して、男は袋に石を入れ、殴りつけた最後には殺してしまうと言う最悪の結果となった事件である。逮捕された男は、「自分は地域でゴミ拾いなどのボランティアをしていた。バス停に居座る路上生活者にどいてほしかった」などと事件の動機を説明したという。

80年代に発覚した横浜の中学生グループがホームレス襲撃を繰り返していた事件では、その犯行動機を「ゴミを掃除しただけ」と語ったという。今回逮捕された男も、「痛い思いをさせればあの場所からいなくなると思った」とも供述しているらしく、これも根っこは同様な事件でもある。

社会の亀裂の深まりは深刻度を増しているのかもしれない。この不安定な社会は、コロナ禍の進行でますます悪化の方向をたどっている。従来タブーとされていた部落や部落出身者に対する差別・選別の言動がここに来て堰を切ったように、とくにネット上での広がりが顕著だ。

やはり、何度も繰り返してきたが、多様性を認め合う社会の創造が必要であり、理性的で包括的な社会となるように立て直すという方向に政治も市民活動も向きあっていくほか方法がないのかもしれない。 一歩でも半歩でも前進あるのみかぁ!