「排除」では、まちの活性化は実現しない

わたしたちは、3.11という東日本大震災を経験しました。この大災害に対する復興への道程こそが、日本の今後の進路ときわめて深い関係にあると思います。

それは、この大災害への復興のプロセスが無秩序であったり、復興に格差が生まれ、大きな隔たりとなって地域間格差を生じさせるような方向による復興なのか、それとも、逆に被災者と救援者が新たな共同体を形成し、相互扶助的な“自治”を形成するという方向での復興なのか、全世界から日本がどちらに向かうのか、試されているのではないでしょうか。原発への対応も全世界から注目されていると思います。

この間の経過をたどれば、震災復興のための予算がとんでもないところで組み込まれていたり、被災三県の復興への状況もここに来て地域間格差が顕著となっている報道が相次いでいます。相互扶助的な新たな自治、地域協働といった方向に向かっていないような気がします。

ベストセラー小説「1Q84」の作家の村上春樹さんは、9月28日の朝日新聞に寄稿され、次のように指摘されています。

中国との尖閣列島を巡る紛争が過熱化している問題で、村上さんは、「危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っぱらわせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るはいやな頭痛だけだ。」「そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。」との注意喚起を呼びかけており、最後には、「安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなければならない大事な道筋なのだ。」と締めくくっています。

長い歴史をひもとくと日本と中国との国交正常化に向けた努力は、なにも政府間だけの交流で事足りてきたわけではなく、市民間の交流や部落解放運動が育んできた中国との交流の促進など、長い歳月をかけた努力の積み重ねがあったからこそのことと言えます。日中友好協会の初代会長に松本治一郎部落解放同盟委員長が務めておられたことをみれば明々白々の事実でしょう。

未曾有の災害を前に、私たちは何のために税金を払い、政府は何をすべきかをあらためて考え直さなければなりません。魅力的に見える指導者の出現を待ち望む市民の前には、魅力的に見せることの上手な指導者が現れているのです。魅力的に見せることだけが指導者を選ぶ基準になってしまいます。だから、テレビのバラエティ番組で訓練を受けた人物が圧倒的な人気を集める結果になっているのではないでしょうか。

わたしたちは未来に向け、部落差別の完全撤廃と同時にあらゆる差別と人権侵害を葬り去り、人権が確立された社会の実現をめざします。こうした崇高な目標をしっかり展望しながら、しかし現実には差別が放置され、広がりさまざまな形での人権侵害として現れているのが現実です。個人がまったく知らないところで、戸籍や住民票が売買されていたり、個人の携帯番号が売り買いされていたり、現在まで転々としていた職歴が暴かれ、売買されているという事態など、個人情報が侵害されている実態にあります。こうした個人情報の侵害行為が、興信所や探偵者では、その情報をもとに結婚や就職という場面における身元調査に悪用されています。

このような権利侵害が横行している現実に対し、わたしたちは、「明日にでも差別と人権侵害をなくせ」という抽象的なスローガンを掲げる運動では道が拓けないと考えています。つまり、「差別や人権侵害が起こる可能性のある社会である」との立場に立って、だとすればその現実を「未来へ封じ込める」こと。また、「これ以上差別を拡散させない社会」にするためには、どんなことが必要であるかという現実を直視した運動が求められていると思っています。

そのため、今後、果たすべき役割は、社会的に包み込むような包摂した社会の建設であり、一人ひとりの個人の存在が社会から認められ、自分自身も社会から期待されていると希望がもてる社会を築くことであり、“居場所と出番”を部落解放運動がつくりあげれるかどうか、分水嶺の時代でもあります(A)