Vol.91「食は権利」の視点からフードバンク活動を考える

フードバンクと関連している国の機関は、農林水産業だ。その農水省の食料産業局からフードバンク活動における食品の取扱い等に関する手引き作成にあたっての意見募集の案内が送られてきた。

それによると一年間の食品廃棄の量は、1927万トンだそうで、そのうち本来食べられるにもかかわらず廃棄される、いわゆる「食品ロス」は330万トン。世界で約8億人の人々が栄養不足の状態にあり、食品ロスの削減は喫緊の課題であると指摘され「もったいない」発祥の地である日本において、由々しき事態だと警鐘を鳴らしている。

「手引き」の目的は、フードバンク活動に対する社会的な理解がいまだ十分でないなか、フードバンク側がこの手引きをもとに、品質、衛生管理及び情報管理などについて適切な運営を確保することによって、安心して食品を提供できる環境をつくり、社会的信頼性を向上させようということである。

社会的な信頼はNPO法人にも求められるものであり、食品提供側が安心して任せられるフードバンク団体の誕生は、喜ばしいことでもある。さらには、食品を受け取る側の福祉施設などにとっても安心して施設利用者に配布できることにもつながる。農水省の“手引き”は、フードバンク活動に社会性をもたらし、手引きに準ずることによって、品質確保、衛生管理及び情報管理等を整備していることを一定認定するものとなるだろう。

しかし、あまりにも高いハードルをかすことは、市民やボランティアに活動そのものをはじめることを躊躇させてしまうことにつながりかねない。せっかくの活動意欲を削ぐ危険性をもっており、全国に子ども食堂が広がりつつあるなか、やる気を高揚させると言うよりは、「規制や制限が多すぎて、わたしたちでは無理」という消極的な態度になってしまいかねないことに警鐘を鳴らしておきたい。

農水省の案内文は「包装の印字のズレや外箱が変形することなど、食品衛生上の問題はないが、通常の販売が困難な食品を食品関連事業者から引き取り、福祉施設等へ無償提供する」フードバンク活動が全国各地で広がりつつあると指摘している。
フードバンクの活動はまさにその通りであり、食品ロスの削減にとって欠かすことの出来ない活動になりつつあることは言うまでもない。
しかし、“食べる”という行為が一部のひとには権利侵害されているという事実にも着目すべきではないだろうかと思っている。コンビニ弁当をはじめとするいわゆる“チン”で食をすませ、煮炊きものや季節感ある食材を食べるという習慣がまったくない子どもたちや、学校での給食一食が一日のなかで唯一の食事であり、それ以外は、口にすることさえ出来ない子どもたちが急増しているということである。子ども食堂が広がるのは、こうした子どもの実態の反映でもある。
食べるという行為は、権利である。それが侵害されているという事態に対して、国は権利としてフードバンク活動を認定すべきである。生活が立ち至らなくなった場合の緊急措置が、生活保護制度であるなら、食べるという行為が何らかの理由で出来なくなっている現実に対して、食を届けるという行為を制度化すべきである。

ふーどばんくOSAKAの活動は慈善事業では決してない。「食」を通した権利侵害をなくすための活動である。「今日も机にあの子がいない」としてはじまった、教育運動が、教育無償化の市民運動として全国的に展開され、教科書の無償や就学援助費につながっていったように、金銭的な理由のみで、“食べれない”“食べられない”という現実を放置してはならない。農水省は、こうした趣旨から少なくともフードバンク活動に対する認証制度を創設すべきである。