「部落地名総鑑」発覚から40年(下)

水平時評 府連書記長 赤井隆史

ヘイト・スピーチという「差別」行為

朝鮮学校の前で「殺してやるから出て来いよ。ゴキブリども!」と叫ぶ差別街宣。街頭で差別言動を繰り返すヘイト・スピーチ。特定の集団に向けられる露骨で粗野な差別言動ではあるが、この発言も同様に在日コリアンのA氏やB氏という特定の個人を対象とした差別扇動・差別発言ではない。その性格は日本に居住するすべての在日コリアンが被害対象といえるものであり、やはりコリアンという“属性”を侮蔑する「差別」行為である。

つまり、属性を有するマイノリティや、その集団に対して、繰り返しおこなわれる差別行為や差別システムが、「部落地名総鑑」事件以後、わたしたちの前に立ちはだかっており、インターネット上での同和地区の映像や住所の開示なども、文字通り部落という属性を暴く、もしくは憎悪をもって表現するという差別行為そのものである。

「地名総鑑」事件がきっかけとなり

「部落地名総鑑」事件以前の部落差別事件の特徴は、「結婚差別」に代表されるように特定の個人に対する部落差別事件が主流を占めており、個人そのものが被害者となるケースが際立った時代であった。「部落地名総鑑」事件は、こうした個人をターゲットに差別による誹謗(ひぼう)・中傷という、いわば個人の尊厳を傷つける部落差別事件の領域を超え、部落という属性を暴く、憎悪をもって排除するという差別のシステムをつくりあげるきっかけとなった。

この事件がきっかけとなり、差別身元調査事件や土地差別調査事件、戸籍不正入手事件、さらには、インターネット上に流布される全国各地の被差別部落の地名開示という、部落の属性を暴くための差別行為へとつながっていくのである。

こうした流れが、2011年に奈良の水平社博物館で起こった、「エッタ博物館、非人博物館」「エッタ出てこい。どエッタ」という在特会幹部によるヘイトスピーチにつながっていった。彼らは、「穢多(えた)・非人は蔑称ではないから不当な差別をしたことにはならない」「挑発的な言動はしておらず、単に水平社博物館の歴史認識の誤りを指摘したに過ぎない」などと詭弁(きべん)を強調したが、明白な差別発言であると裁判でも認定され、わが方が勝訴している。

この事件も、部落差別という属性を侮蔑した行為そのものであり、被差別部落というマイノリティに対して、もしくはその集団に対し、差別・憎悪・排除・暴力を扇動した差別事件である。

差別の現状を変える法制度が必要

日本社会では、個人の尊厳という問題を“個人に対する誹謗・中傷”が名誉毀損(きそん)や侮辱にあたるとして、裁判などでしばしば取り上げられるが、マイノリティや集団全体を侮蔑し、属性を批判する行為に対して、差別行為だとする考え方が非常に弱い。ヘイトスピーチでさえ、「表現の自由」が壁となり、いまだ規制できない現状にある。「部落民を皆殺しにせよ」といった落書きや、「朝鮮人を抹殺してしまえ」と罵(ののし)るばかりのヘイトスピーチは、特定の個人の被害状況が明確でないとして、規制や禁止という措置に踏み込めないのが、日本の現状だ。

差別を目的とし、侮蔑する「表現」行為こそ、ひとりひとりの自尊感情を踏みにじり、時として人を自死にまで追い込む卑劣な行為であるとの立場に立った、差別禁止の法制度の必要性が高まっていることはいうまでもない。

「部落地名総鑑」事件から40年。あらためて差別禁止の法制度の確立を求めたい。