<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>部落解放同盟大阪府連合会 &#187; コラム</title>
	<atom:link href="https://www.hrn.gr.jp/column/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://www.hrn.gr.jp</link>
	<description></description>
	<lastBuildDate>Tue, 14 Apr 2026 06:02:25 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.4.2</generator>
		<item>
		<title>Vol.323　検察の都合とエゴを許さず無実の人を救う再審法改正を</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4085/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4085/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 14 Apr 2026 03:31:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4085</guid>
		<description><![CDATA[「再審ですべてをやり直すなら、３審制そのものの意味が問われる。秩序維持の観点からも、確定判決は容易に覆されるべきではない。だからこそ、再審を開始するとした裁判所の決定に対しては、検察側として抗告し、再審の開始それ自体を取... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4085/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>「再審ですべてをやり直すなら、３審制そのものの意味が問われる。秩序維持の観点からも、確定判決は容易に覆されるべきではない。だからこそ、再審を開始するとした裁判所の決定に対しては、検察側として抗告し、再審の開始それ自体を取り消すという検察側の権利はなんとしても死守したい」というのが、検察側の論理のようだ。</p>
<p>いま国会審議で山場を迎えようとしている「再審法」改正の最大のポイントのようである。</p>
<p>“社会の秩序維持”の観点から一度確定した有罪判決を簡単に覆すわけにはいかないというのが、検察側の本音のようだ。“自分たちが証拠を一番見ている。基本的に有罪を決めたことに間違いはない”というのが大前提になっているようである。自民党の法務部会で議論が紛糾し大荒れとなり、法務省が法改正案を再度持ち帰り、修正するという事態となった。</p>
<p>再審法の改正については、超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足し、総選挙前には国会議員の半数以上が議連に参画するまでとなり、議員提案の法改正案が国会審議されるというところにまで至っていた。</p>
<p>その内容は、①請求人側の請求があれば、裁判所は相当と認めるときには検察官に証拠開示を命じなければならない、②裁判所が再審を開始した場合に検察の不服申し立てを禁止する、などを柱とする改正案をまとめ、昨年６月に議員立法として衆議院に提出したが、先般の衆議院解散によって廃案となった。</p>
<p>それに対し、法務省は、法務・検察寄りの委員が多数を占める法制審議会刑事法（再審関係）部会をたちあげ、法務省が取りまとめた再審手続きの法案を多数決で可決し、答申した。</p>
<p>法務省による法案は、検察官の不服申し立ての禁止は盛り込まれず、証拠開示も限定的である上に事前審査手続きや、目的外使用禁止規定など、本来の再審法改正の意味であるえん罪被害者の迅速な救済とはかけ離れた「改悪」案としてまとめられている。</p>
<p>日本の刑事裁判は、地裁・高裁・最高裁の3回の審理で結論を出す“３審制”を採用しており、一度確定した判決は、原則として覆されないのが通例である。</p>
<p>再審は、その例外としてやり直しを認める制度だが、この“例外”をどこまで認めるべきかがいま問われている。しかし、検察側にはその“例外”と“秩序の維持”のために法を「改悪」してでも守りたいというギリギリの攻防が国会内で巻き起こっているということになる。</p>
<p>しかし、例外をつくり出したくはないという検察側の主張、社会秩序を維持したいという考え方は、どちらも検察側の都合とエゴでしかなく、秩序はあくまで検察サイドがいままでの慣習を維持したいというものであり、いわれもない服役を余儀なくされたり、死刑執行の恐怖にさらされる「えん罪」被害者の正義とは比べものにもならない。</p>
<p>刑事訴訟法の３審制は大原則として、地裁の裁判官、高裁の裁判官、最高裁の裁判官、全部で９人で判断した確定判決に対して、再審が開始され、地裁の３人が確定判決を覆し、再審開始の決定を下すことそのものが、検察側にとっては許すことのできない秩序の崩壊になってしまうという論理のようだ。</p>
<p>再審が長引く最大の要因である検察による不服申し立て＝抗告の禁止をなんとしても盛り込んだ再審法の改正を実現しなければならない。長年の悲願でもある。袴田事件は地裁の再審決定から、実際に再審が開始されるまで、およそ９年以上の歳月を要している。これこそが、人権侵害であり、無辜の救済という観点からも早期に無罪が確定されるべきである。</p>
<p>今の再審法を改正しようという気運も袴田事件があまりにも長期にわたっての審議となったからこそである。</p>
<p>狭山事件は、昨年３月に石川一雄さんを亡くし、石川早智子さんによる第４次の再審闘争に移行している。無実の罪で逮捕され、社会から疎外された獄中生活が約30年。「わたしは無実です」と仮釈放後に訴え続ける石川さんの姿が30年。</p>
<p>そして石川さんが旅立たれた今、新たに石川早智子さんが、再審開始を訴えている。「無実のひとを救う」という当たり前の主張が、検察側の都合とエゴが優先される“法改悪”を許すわけにはいかない。</p>
<p>そのひとの一生を奪ってはならない。しかもそれが、検察側の権威を死守したいというエゴのみが理由となったものであることを許してはならない。無実のひとを一日も早く救う再審法の改正を期待したい。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4085/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.322　神風ドローンとSNS　　ゲームの延長線にある「殺戮兵器」</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4080/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4080/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 05:06:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4080</guid>
		<description><![CDATA[「着陸を教わっていない」。特攻に出撃する若きパイロットの一言である。 １９８１年に公開され、私が１９歳の時に見た映画『連合艦隊』での一コマが思い出された。出撃を前にした若きパイロットが、教官に対し「自分は敵艦への突入の仕... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4080/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>「着陸を教わっていない」。特攻に出撃する若きパイロットの一言である。</p>
<p>１９８１年に公開され、私が１９歳の時に見た映画『連合艦隊』での一コマが思い出された。出撃を前にした若きパイロットが、教官に対し「自分は敵艦への突入の仕方は教わりましたが、着陸の仕方はまだ教わっていません」というセリフで、特攻隊員として散っていく若者たちの悲劇が描かれている作品である。</p>
<p>この場面を思い出したのは「神風ドローン」という言葉を最近耳にしたからだ。「神風ドローン」とは、言うまでもなく標的を見つけると自ら突っ込んで爆破する自爆型無人機のことを指しており、ウクライナ侵攻などでロシア軍が多用したことから名付けられ、旧日本軍の神風特攻隊にちなんでそう呼ばれている。低コストで精度が高く現代の戦争で注目されている兵器である。アメリカとイスラエルによるイランとの戦闘においても多用されているのが、イランによる“神風ドローン”攻撃である。</p>
<p>８０年が経過し、ひとが爆弾となって命を賭して相手型に対して突っ込んで自爆していくという悲劇が、現代では、離れたところからコントローラーを操る若き兵士が、ドローンを操作し、無人機が標的に突入していくという姿に変貌した。</p>
<p>若き兵士が、命を落とさないで、相手側にダメージを与えるという“変な安堵感”を感じるのだが、戦争に変わりなく、爆撃された側には被害が出るし、多くの死者や負傷者が出ていることには変わりはない。</p>
<p>若い命が、どれほど犠牲になっていったのか、時代は逆転できないが、８０年前に“ドローン”があれば、若いひとたちの命がどれほど守られたのか。子どもたちが、テレビ画面の前でスイッチやＰＳ５のコントローラーを操縦している姿とほとんど変わりなく、“神風ドローン”が操縦され、相手国の軍事関連施設を爆撃し、大きな被害をもたらしている事実を見たとき実に滑稽に思えてならない。</p>
<p>ひとの命とは、一体何なのか・・・「着陸の仕方を知らない」と言って、多くの若者が、爆弾と化し、戦死を遂げていく。それが現代では、遠く離れたところからゲーム感覚的なコントローラーを用いて操縦することで、“神風ドローン”が標的めがけて突っ込んでいく。８０年という歳月は、こうもひとの命を大きく乖離するという現実をつくりあげた。そうした犠牲があって、人類の進歩や科学技術の発展、生成ＡＩの登場などがあって、現代の戦争があると頭では理解できても特攻隊員として犠牲になっていったひとたちとのあまりにも大きなギャップに戸惑いを感じ得ずにはいられない。</p>
<p>特攻隊員の遺書が、靖国神社や特攻平和会館に飾られている。「一番心残りに思うのは、、、恥ずかしいから書きません。いや、やっぱり、つまり、お母さんのそばにいてですね、もっと色々喜ばしたり厄介をかけたりしたかった。こんな事を書くといつになったら大人になるのかと我ながらちとくすぐったいですが・・・」と綴られていた。</p>
<p>平和を希求することになんらの変わりは無い。ドローンであろうが、無人機であろうが、子どもが犠牲になり、女性やお年寄りの悲劇が毎日のように映し出される現実に胸が痛み、一日も早い平和が訪れる事を期待したい。</p>
<p>アメリカ・ロサンゼルスの州裁判所でインスタグラムやユーチューブなどの設計そのものが、利用者にとっては中毒性が高く、製作したＳＮＳ会社メタ・グーグルの企業側に責任があるとする賠償命令判決が出された。未成年者らのＳＮＳ依存は、設計自体に問題があるとの不備が問われ、脳の発育途上にある未成年の利用をめぐって、アルゴリズムの“中毒性”が問題視され、それを製作した企業側に責任があるとする画期的な評決が下されたことになる。</p>
<p>いよいよバーチャルリアリティー（仮想現実）というゲームの世界が、まるで現実かのように体験できる時代−ＶＲ時代が到来している。戦争や対立、分断の時代の殺戮兵器が、まさにバーチャルなゲーム機の延長線上といったところにまで迫っている事を意味している。ＳＮＳ社会の未来が、ＳＮＳの中毒性による対立と分断を深める社会にしてはならない。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4080/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.321　SNS時代　凶器となりうる「情報」とどう付き合っていくのか</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4070/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4070/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Mar 2026 11:06:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4070</guid>
		<description><![CDATA[1950年代後半−いまからおおよそ70年前に評論家の大宅壮一氏は、「一億総白痴化」という言葉を生み出し、大流行したと記録されている。 「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると人間の想像力や思... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4070/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>1950年代後半−いまからおおよそ70年前に評論家の大宅壮一氏は、「一億総白痴化」という言葉を生み出し、大流行したと記録されている。</p>
<p>「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いの言葉である。“白痴”−とは明らかな差別用語であり、良い表現とは言えないが、当時の世相を表す言葉として紹介した。</p>
<p>「本を読むという行為は、みずからが自分の意志で『これから本を読もう』と主体的に意欲を持って行う行為が、“読書”であり、同時に読むという行為は、活字をひろいあげてその内容を理解する必要があり、それには文字が読めなければならないし、内容を理解するために自分の頭のなかでさまざまな想像や思考を凝らさねばならない。それに対してテレビは、単にぼんやりと受動的に映し出される映像を眺めて、流れてくる音声を聞くだけである点から、人間の想像力や思考力を低下させる」といった意味合いが、「一億総白痴化」と表現され、大ブームを起こしたと回顧されている。</p>
<p>「一億総白痴化」という表現そのものが、差別的であり、現代における言葉としてはふさわしくはないが、その主旨から言えば現代版“一億総思考停止化”状態と言っていい時代を迎えつつあるというのはどうだろうか。いままでのテレビは、情報に対して人々を限りなく受け身に追いやっていく受動的なメディアであり、そこに映し出される映像は、すべて事実として受け止める傾向が強く、「今朝のテレビで観た」というのが、小学校での朝一番の会話になるように、ごく自然に人々の口から発せられる。また、テレビは、意図的ではないにしても、ある断面だけを切り取って象徴的な部分や刺激的な部分を何度も映し出し視聴者の頭の中にインプットしようとする性質のものである。</p>
<p>あまり掘り下げて考えることも無く、習慣のようにテレビからの情報を受け止め、考えるという行為をしなくなったという意味で、“一億総白痴化”というセンセーショナルな差別用語を使い表現したのであろう。</p>
<p>今、情報化の進展にともなって登場してきたのがＳＮＳだ。ＳＮＳ時代の到来はまた、情報の真偽を見極めることがきわめて重要なことであるのに対して、ＳＮＳでも受信者として限りなく受け身にさせられ、自分が気付いていない鬱憤を発信者として吐き出してしまうという構造があると言われている。また、自分と同じような考え方を持つＳＮＳに出会うとますますその考え方に強烈に吸い寄せられ、「急激に素行の悪い外国人が増えている」といったデマを信じ、「賃金が一向に上がらない中、物価だけは上がり、いよいよガソリンリッター２００円を超えた」といった事態に耐え切れず、みんなが強烈なストレスを感じている。</p>
<p>そういう現象が日本中で発生し、その真の根本的原因を突き詰めることなく、別のところに転嫁して、「外国人は出て行け」「お花畑みたいな理想論不要」「日本もそろそろ核武装すべし」と他人を叩いたり、誹謗中傷することで、自己満足を得るような風潮が強まってきている。</p>
<p>現代版「一億総思考停止化」とは、テレビ全盛の時代が過ぎ去り、ＳＮＳ時代が到来し、新聞を読まない。テレビも観ない。情報元はネットだけというＺ世代やアルファー世代がこれからの時代を担う世代だとすれば、想像力を働かせて物事を判断するという必要も無く、ネット上に溢れる自分に心地よい意見に酔いしれ、異なる意見へは断固とした誹謗中傷で応戦し、フェイクニュースには拍手喝采と、情報の質よりも注目を集めることが価値とされるアテンションエコノミーの影響をもろに受けている世代なのかも知れない。</p>
<p>ある意味では凶器とも言える“情報”を今後どのように扱って付き合って行くかが、現代における「情報リテラシー」という課題となる。情報を受け取る時にはどのくらい注意深く判断しなければいけないのかということを自覚する、またさせるという行為が、サイバー上の部落解放運動の大きな課題と言えるかも知れない。</p>
<p>ネット上に散見する動画や映像だけを見続ければ、物事を考える必要がなくなり、自分の目で見て、触って、耳をかたむけるという当たり前の作業がどんどん遠退いていくことになる。人間としての感性そのものが衰退していくのではないだろうか。難しいものを一生懸命に読み解き、調べて、自分の生き方や未来を考えていくということをしなくなってはいけない。ChatGPT  に「５年後の自分はどうなってる」とは決して聞きたくはない。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4070/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.320　情プラ法にもとづく削除要請の積み上げが急務</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4046/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4046/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 05:08:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4046</guid>
		<description><![CDATA[昨年９月から本格的に運用されはじめた「情報流通プラットフォーム対処法（略・情プラ法）」ではあるが、削除申請を受け付け、１週間で削除依頼したユーザーに対してプラットフォーム事業者から返答があるとの法の立て付けにはなっている... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4046/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>昨年９月から本格的に運用されはじめた「情報流通プラットフォーム対処法（略・情プラ法）」ではあるが、削除申請を受け付け、１週間で削除依頼したユーザーに対してプラットフォーム事業者から返答があるとの法の立て付けにはなっているが、いまだ削除の決定を受けたという朗報は舞い込んでこないのが現状のようである。</p>
<p>つまり、多くの差別情報が削除されずにそのまま放置されているという実態にあるようだ。なぜ、法律で決められた行為にならないのか・・・わたしの把握している限りにおいて、以下のような取り扱いではないかと説明したい。</p>
<p>まず難解な削除要請にユーザーが挑戦し、削除のページに移行後、削除してもらいたい内容やアドレス、削除に値するかどうか、差別につながる人権侵害にあたる部分がどこなのかと言った問いかけに答え、そして、その書き込みがどのような卑劣な内容であるか、また法的な問題点はどこにあるのかという説明を削除依頼側が丁寧に書き込む。</p>
<p>その上で、その削除してほしい動画のタイムライン・・・つまり何分何秒から、何分何秒まで続くのかを明確に記し、また日本という国を選択するなど、難解な削除要請をユーザーひとりでチャレンジしなければならないという困難な壁を越えて、ようやく最後に申請者の名前を書き込み、“送信”のボタンをクリックして削除申請が終了するという難解極まりないプロセスとなっている。</p>
<p>しかし、削除の要請をした限り、間違いなく相手側のプラットフォーム事業者には届いているはずであり、ここからはプラットフォーム事業者からの返答を待つのみとなる。削除要請に対しては、まず受け付けたことが相手のプラットフォーム事業者から以下のメールが届く。</p>
<p>「Youtube Regalsupport Teamに問い合わせいただきありがとうございます。ご要望につきましては、できる限り速やかに確認いたします。ご送信いただいた申し立ての照会番号は○○○○○○○です。よろしくお願いいたします。Youtube法務サポートチーム」</p>
<p>これだけを見れば、すぐにでも対応してもらえるかと削除要請した申請者は受け取るに違いない。しかし、ここからなしのつぶてである。昨年９月から実際の運用がスタートし、同和地区の摘示情報がネット上に登場している悪質なケースについて、当該の被差別部落に居住する関係者によって、削除の要請を繰り返し積み上げてきたが、「ご要望について、できる限り速やかに確認します」との返答はされるものの、そこからの対応がまったくストップ状態で今年に入っている。わたしの名前での削除要請も一向に返答がないままとなっている。</p>
<p>それが、ここに来て、少し進展が見られたようだ。<br />
それは、大阪府連の関係者の名前で削除要請した要請に対して、以下のような返答があったからだ。</p>
<p>「お客様の申し立てに対してさらに検討するには、裁判所命令または公的な法的文書のコピーを添付したメールを送信いただきますようお願い申し上げます。関連文書をお送りいただくまで、お客様の申し立てに対してこれ以上対処することはできませんのでご了承ください。不適切なコンテンツを見つけ、削除を希望する場合は動画の下にある旗のアイコンをクリックしてYoutubeにご報告ください。　〜中略〜　お送りいただいたリクエストは、Youtubeのプライバシーガイドラインに照らし合わせて審査させていただきます。申し立ては、問題の当事者、法定代理人、または法的保護者が直接行ってください。プライバシー侵害の申し立ては特定の形式で送信していただく必要があります。よろしくお願いいたします」</p>
<p>このような追加メールが送信されてきたのである。どうやらプラットフォーム事業者は、生成ＡＩを用いて対応しているようである。つまり、数多くの削除要請に対して、ひとの対応では限界であり、生成ＡＩを使って相手側へ返答しているという仕組みになっているようである。ここで、大事なのは、この生成ＡＩの初期対応に対して、なおざりな対応をするのではなく、“裁判所命令”または“公的な法的文書”の提出を丁寧におこない、初期段階の生成ＡＩに同和地区の摘示情報や人権侵害はこのようなケースがあたるということを学習させる絶好の機会だと捉え、これを積み上げることが初期段階では最も大事なとりくみとなる。</p>
<p>つまり、生成ＡＩに「差別されない権利」などの裁判所での判決理由を覚え込ませ、「平穏な生活を送る権利が、同和地区の摘示によって奪われてしまう現実を生成ＡＩに学習させる」という削除要請の積上げが何よりも大事なとりくみとなる。サイバー部落解放運動の全国的展開を求める必要があるようだ。削除要請を積み上げていこう。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4046/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.319　高市人気の理由は何か　政治スタイルの転換が必要</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4033/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4033/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 04 Feb 2026 03:58:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4033</guid>
		<description><![CDATA[このコラムが、世に出る頃には、「自民党大勝３００議席獲得」という結果となっているのか・・・もしくは「中道躍進で大逆転」という記事が掲載されるのか・・・注目の総選挙は、２月８日に実施され、その結果は即日でほぼ明らかにされる... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4033/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>このコラムが、世に出る頃には、「自民党大勝３００議席獲得」という結果となっているのか・・・もしくは「中道躍進で大逆転」という記事が掲載されるのか・・・注目の総選挙は、２月８日に実施され、その結果は即日でほぼ明らかにされることとなる。しかし、選挙争点は、物価高と消費税の縮小や廃止という目先の課題にのみ焦点化され、日本の今後の進路という政権選択の選挙とは言い難い総選挙として残念ではあるが、幕は下ろされようとしている。</p>
<p>選挙争点が、定まらない今回の総選挙ではあるが、高市さんの個人人気がすさまじいのは実感として理解できる。しかし、それが自民党支持として集まっているのかと言われれば、首をかしげたくなる状況だ。なぜ、高市さんが人気があり、それが自民党支持につながっているのか、世間で語られている“よもやま”話しから紐解いてみたい。</p>
<p>「若い子たちは『高市さんは“ガチ”だ』と本気で思っているらしく、そうした声を街中からよく聞くことが多い。『高市さんの政治にかける姿勢は本気（ガチ）だ』、『高市さんは政治家として本物（ガチ）だ』と演説を聴いた有権者がテレビカメラに熱く語りかけていた。</p>
<p>有権者にそう思わせるひとつの要因は、高市さんの前の石破さんの評価にあるとは言い過ぎか。自民党総裁に選ばれる前の石破さんは“政治改革”に一家言を持つ改革派の旗頭として振る舞っていたはずで、だからそこが、つぎの首相にしたいNo.1に必ず石破さんの名前が挙がったのに、いざ首相になるとブレまくった。その後継として登場してきたのが高市さん。</p>
<p>「高市さんは歯切れ良く、スパッと判断する」というイメージが若者には鮮明に写ったのか、高市さん本気モードという虚像をつくりあげたのではないだろうか。</p>
<p>また、韓国の李在明大統領とのドラムセッションも高市人気に拍車をかけたようである。高市さんのドラムの腕前もそこそこであり、これを若い有権者は「高市さんは大学生の時にヘビメタバンドでドラムを担当していたというけど本当だったんだ。あのドラム捌きはマスコミのウケを狙った、レベルの低いパフォーマンスではない。高市さんは趣味もすごい」と好感を抱いたと言うのである。人気が人気を呼ぶとはまさにこのことか・・・</p>
<p>それと若い子の間で高市さんの支持のひとつになっているのが、“会食”しないという生活パターンに共感を覚えているそうだ。首相の行動は全国紙が毎日「首相動静」の欄で報じている。そこから垣間見える高市氏の日常行動が、若い子たちには“共感できる”そうである。</p>
<p>「酒を酌み交わしての情報交換や重要な決断が宴席で決められるという男性中心の密室型政治への批判」であり、若い有権者たちは、そうした男性中心の大人たちの宴席で決めてきた密室による黒幕的なダーティな政治に不快感を持ち、夜の会食に無縁の高市さんを逆に支援したいと思うというのである。</p>
<p>その真逆にはまったのが、中道改革連合ではないだろうか。つまり、高市自民党が若い有権者たちからは、“革新政党”に映り、立憲と公明が水面下で進められた密室型の新党結成が、逆に“保守政党”だと受け止められているという現象が起こっている。</p>
<p>わたしぐらいの世代になると現状を打破するための改革政党としての“中道”だと理解を示し、これでリベラルな政策が少しは前進するとの期待を持ったひとりではあるが、逆に若いひとたちは、教条主義的な考え方を持った硬直した主張を繰り返す集団が、ふたつ合わされたのが、“中道”だと逆転して捉えられ、旧態依然たる政治が野党集団で、革新的な進歩的な集団が、自民党政治だとの逆転現象がＺ世代を中心としてα世代に広がり、40代以上のひとたちにも受け入れられ始めているというのである。</p>
<p>突然現れた高市さんは、守旧派の利益を忖度するどころか、ほとんど無視状態。女性首相の視線は常に国民に向けられていて、首相官邸では独りこつこつと政策の勉強を重ねている。これがバズったのが、高市人気である。中国との対立、スパイ防止法への前向きな検討、国旗損壊罪の検討、非核三原則の見直しなど、昭和世代からすれば、“よもや”を思わす右傾化する政権である。しかし、若い有権者はそんなことはお構いなしに「自民党の古い政治家に根回しをしない」「自分たちのために働いてくれる首相」と若年層からの圧倒的な支持だ。</p>
<p>これを「若いヤツはわかっていない」「年齢がきたらいつかは理解される」とジェネレーションギャップ（世代間ギャップ）だと一言で、片付けてはいけない。若年層のそうした新たな価値観や生活様式の変化などが、政治への姿勢を右か、左か、保守か、リベラルか、というスタイルにあてはめて考えるという従来の思考を抜け出し、古い政治や価値観に変化をつけた政治スタイルへの転換が必要である。難しい宿題ではあるが、前に進めなければ・・・</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4033/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.318　中道改革連合に期待　分断と対立ではなく包摂、共生へ</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4021/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4021/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 23 Jan 2026 04:44:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4021</guid>
		<description><![CDATA[いわゆる新党“中道改革連合”が旗揚げされた。立憲民主党と公明党による合流型の新党である。 両党の協力関係については、実は水面下の接触が始まったのは昨年夏頃だそうで、10月に高市政権が発足し、公明党が連立を解消してからは本... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4021/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>いわゆる新党“中道改革連合”が旗揚げされた。立憲民主党と公明党による合流型の新党である。</p>
<p>両党の協力関係については、実は水面下の接触が始まったのは昨年夏頃だそうで、10月に高市政権が発足し、公明党が連立を解消してからは本格的な協議に移行したらしく、その時の想定は「おそらく１年以内は総選挙は来ないだろうという判断から、いろいろ難しい問題はあるが、じっくり煮詰めていけば間に合うだろう」という程度の議論が進行していたようである。</p>
<p>ところが高市首相が思いもかけぬ「早期解散」に打って出てきたため、「細かいことは全部吹っ飛ばして、一気に新党結成にまで突き進むことになった」というのが、事の真相のようである。</p>
<p>一方、公明党の政権離脱の頃から高市首相周辺は、立憲・公明が合流に向かおうとする動きを察知、それがさらに自民党にまで波及して石破茂前首相ら反高市派にまで手を伸ばしてくるのではないかと危機感を抱いたことが、早期解散を決断したひとつだと言われている。</p>
<p>１小選挙区当たり１万票〜２万票を持つと言われる公明党＝創価学会票が自民党からはなれて立憲民主党支持に回るとすれば、マイナスとプラスで行って来いの２倍のダメージとなって自民党に降りかかる可能性は大だ。さらにその選挙区ごとの候補者調整を自民党の中の反高市派にまで及ぼしてくると、そのダメージはさらに広がる。そこで、立憲・公明の新党構想が整う前に総選挙を仕掛け、この動きを潰せないまでも混乱に落し入れようと、高市首相周辺は考えたのだろう。</p>
<p>立憲・公明両党がまさかあの短期間に新党結成まで突き進んでいった事は、高市首相にとってはまさに誤算であり、消費税の食料品関連に絞った税率ゼロの中道改革連合の政策が発表されるや否や、「自民党も消費税減税を２年間に限定した検討を加速する」と公表、「我々を気にしているんだと思う」と“中道”共同幹事長の安住氏が皮肉ったことを見ても相当対抗心メラメラで選挙戦へ突入したことを意味している。</p>
<p>それにしても「中道改革連合」という新党名はわかりづらい。<br />
政治の世界で、“中立的”という態度は、いかがなものか。左-リベラル、右−保守という冷戦時代の遺物という考え方では無く、「これは人間の幸せが第一、人間の幸せより他にもっと大事なものがあるという考え方ではない、という人間中心主義です」と公明の斎藤代表は説明する。</p>
<p>立憲の野田代表は、「どちらかというと大上段に構えて勇ましいことを言うような政治に対抗して、国民の暮らしに直結したことをコツコツと訴え、実現をしていくという現実生活に根ざした、そういうところに中道の意味があると思います」と言う。</p>
<p>これをまさに同床異夢だと捉えるのか。それともＳＮＳ時代の政治において、切り抜き動画や断片的な投稿が大量に拡散され、デマ情報や差別・排外主義的な主張がバズり、過激な発言という“刺さる言葉”に支持が集まり、事実を訴えるという政治よりもパフォーマンスだけが最優先されるような政治の転換を求め、一石を投じる政党が、新党「中道改革連合」だと言うのであれば期待したい。</p>
<p>白か、黒かとすぐに答えを求め、ウソか、マコトかというフェイクニュース垂れ流し時代に合って、じっくりと時間をかけて、「人道であるとか平和であるとか人権であるとかというところに力を入れている政党（野田代表の発言）」として、“是々非々”ではなく、“是が非でも”やり遂げるという強い政治姿勢を示す政党として船出したのだと理解したい。</p>
<p> “中道”とは、決して「足して二で割る折衷とは違う」のであって、「分断と対立をエネルギーにする、そういう政治手法ではなく、色々な異なる意見を聞き、そして合意形成を図っていく、粘り強い対話で合意形成を図っていくそういう政治手法、これを私どもは中道主義、このように考えているところです。右と左の真ん中という意味ではなく、大きく包み込む包摂主義、共生社会、これを目指していくということも中道主義の一つの側面だと思います。（斎藤代表発言）」。</p>
<p>新党中道は、「左」を切るという意味ではなく、リベラルとも手を組んで少しでも対抗力を強めるという政治スタンスをさらに拡大していってもらいたい。「中道改革連合」の設立が、政界再編前夜の闘いやも知れぬ事に期待して総選挙の開始である。共に奮闘を！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4021/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.317　大義なき党利党略の選挙　立憲・公明の決断に「あっぱれ」</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/4016/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/4016/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 15 Jan 2026 02:31:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=4016</guid>
		<description><![CDATA[なんと２０２６年の幕開けは、アメリカ・トランプ大統領による南米ベネズエラに対する軍事力による侵攻からスタートし、あろうことかマドゥーロ大統領夫妻を拘束し、アメリカに“拉致”するという衝撃的な出来事で幕を開けた。いくら指導... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/4016/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>なんと２０２６年の幕開けは、アメリカ・トランプ大統領による南米ベネズエラに対する軍事力による侵攻からスタートし、あろうことかマドゥーロ大統領夫妻を拘束し、アメリカに“拉致”するという衝撃的な出来事で幕を開けた。いくら指導者が独裁者で市民を弾圧しているという事実があるとか、選挙で選ばれたといっても不正選挙の疑いがきわめて濃い状況にあるとか、経済が破綻してせっかくの石油資源を活用できていない現状で、国民の生活は苦しく、貧しい状況が続いているとしても、ベネズエラという国家の問題である。</p>
<p>ベネズエラ・マドゥーロ大統領の統治にこうした問題があったことは事実であるとしても、一国の主権を武力で介入するという行為は、すべての国家は「主権平等の原則」に基づいて取り扱われなければならないと定められた「国連憲章」からも大きく逸脱する行為であり、明白な“国際法違反”である。</p>
<p>トランプ大統領は、さらにコロンビアやメキシコ、グリーンランドに対しても自国の利益を守るための武力行使も辞さない態度を表明している。しかもトランプは、「わたしには“国際法”は必要ない。わたし自身の道義性。わたし自身の心情。それだけがわたしを止められる」と言い放っており、暴挙とも言うべき姿勢が続いている。</p>
<p>「国連憲章」や「国際法」は、言うまでもなく、二度の世界大戦を経て人類がたどり着いた英知である。それをあろうことか、必要ないと一蹴し、自国の利益と自己保身にのみ舵を切るという姿勢は、全世界に力による支配をみせつけ、分断と対立を一層煽る危険な事態を生み出すこととなり、いつ大噴火が起こり、世界大戦に突入するやも知れない緊張感が増してきているという危険水域にある。</p>
<p>こうした国際的な事態に対して、唯一の被爆国である日本が、対話を呼びかけ、国際協調を強めるための外交努力に徹し、こうした暴挙を思いとどまらせる行動が必要不可欠である。しかし、こともあろうに緊迫した世界情勢を横目に、衆議院を解散し、総選挙するというのである。高市内閣への高支持率、野党の選挙への準備不足、衆参過半数ギリギリのための不安定な国会運営の転換など、今がチャンスと捉え、選挙に打って出るというのである。</p>
<p>国内に目を移せば、物価高による生活困難という事態に変化はまだない。しかも国民生活を守るための２０２６年度の予算編成や経済最優先という年頭の決意はどこへやら・・・解散・総選挙となれば、新年度予算の年度内での成立は事実上放棄したこととなる。どこに総選挙に踏み込む大義があるのか。国内外情勢を考えれば政治の空白は許されないにもかかわらず、首相の専権事項とは言え、あまりにも身勝手な解散である。</p>
<p>また、そこに輪をかけて大阪では、知事選、大阪市長選のダブル選挙も行われようとしている。維新としては、自民党との“連立”政権において、埋没すること無く、存在意義を発揮するための戦術として大阪府市のダブル首長選挙をぶつけ、“都構想”実現への本格的なスタートをきりたいというサプライズな仕掛けだろう。しかし、あまりにも見え透いた党利党略に写っており、これを民主的プロセスだと説明するには、吉村さんの勇み足のように有権者には移るだ<br />
ろう。</p>
<p>超短期決戦となるであろう今回の総選挙。あまりにも抜き打ち的な高市首相の解散という時間のなさに、立憲と公明の両党の努力に“あっぱれ”を送りたい。両党で新党を結成し、公明党は、小選挙区を撤退し、比例区選挙に全力を挙げるという。ギリギリ間に合うかどうかと言う最終の判断が近々に検討されるであろうが、このまま選挙戦に突入することを考えれば、月とスッポンである。野田さんと斎藤さんの「より高いレベルで連携」との報道内容から、いくつかの公明党の選挙区に立憲民主党の候補者を擁立しないという程度でお茶を濁して決着ぐらいか、と失礼ながらそう理解していた。</p>
<p>それが、時間が経つにつれ、両党での新党もあり得るという流れに、よくも時間がないなかまとめようと努力した関係者の方々に敬意を表したい。両党の努力にひと味とひと工夫を付け加えさせていただくとすれば、ここは、玉木国民民主党代表を担ぎ出し、トップに据えた玉木“影の内閣”を提案してはどうだろうか。当然、国民民主党の理解を得たものであることは言うまでもないが・・・</p>
<p>抜き打ち解散である以上、超がつくほどの短期決戦である。しかもＳＮＳが幅を利かす選挙戦である。エッジの効いた戦略が求められる。いつになく立憲民主党へ期待大である。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/4016/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>部落解放運動の総合的展開　本格的な幕開けの年に</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/news/3996/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/news/3996/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 31 Dec 2025 15:00:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=3996</guid>
		<description><![CDATA[2026年の年頭にあたって 変わる部落、減る同盟員 ２０２６年という新たな年を迎えた。 ２０２５年はかなり忙しかった年ではあったが、果たして成果を上げた年と言えたのであろうか。 相変わらず忙しさにかまけて日程消化型の運動... <a href="https://www.hrn.gr.jp/news/3996/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<h2><strong>2026年の年頭にあたって</strong></h2>
<p><a href="https://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2026/01/944e62eed66d55a23806d6cd54cec641.jpg"><img src="https://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2026/01/944e62eed66d55a23806d6cd54cec641.jpg" alt="" title="赤井探訪裁判" width="250" height="250" class="alignright size-full wp-image-4008" /></a></p>
<h4>変わる部落、減る同盟員</h4>
<p>２０２６年という新たな年を迎えた。<br />
２０２５年はかなり忙しかった年ではあったが、果たして成果を上げた年と言えたのであろうか。</p>
<p>相変わらず忙しさにかまけて日程消化型の運動から相変わらず抜け出すことはできず、肝心要の組織は同盟員が右肩下がりで減少傾向にある。大阪の各部落は混住が進み、同和対策事業で建設された隣保館や青少年会館、老人センター、浴場などが、あいついで売却され、市場原理が被差別部落に降りかかり、マンションに変貌したり、あるいは民泊に転用されたりと、みるみる部落が変わってきていることに手をこまねいているだけの解放同盟で良いはずがない。</p>
<h4>人権の街づくりが広がる一方で</h4>
<p>日本全国に現れている外国人の増加問題は、被差別部落も同様に転入が増え続け、かつては同和推進校と言われた小学校や中学校は、いまや多国籍のダイバーシティ型の学校に変化し、多様性を地域で否が応でも受け入れなくてはならない現状へと変貌してきている。</p>
<p>しかも吸い寄せられるように部落にやってくる世帯の人々は、いわば多くが貧困層であり、決して裕福な生活実態とはいえない人々が部落に集うという状態である。</p>
<p>なんとか地元で、こうした現象に抗うためにと社会福祉法人やＮＰＯ法人を設立し、この街に住み続けてよかったと言える街にしようとの努力や子ども食堂などの社会運動にチャレンジし、この街の子どもたちを地域全体で守っていこうという人権の街づくり運動が提唱され広がりを見てきているが、肝心の部落解放という４文字は、正直遠くに離れていっているように感じているのは、委員長のわたしだけだろうか。</p>
<h4>地域の団体が一堂に会して</h4>
<p>部落にこだわるのか、人権の街にこだわるのか…そもそもこれからの支部はどうあるべきなのか、政策を提案し、論議し、方向性を確認しなければならないという大作業に手をつけることなく、日程だけをこなす組織を反省したところで、２０２６年を迎えたいと思う。</p>
<p>水平社が解散し、部落委員会活動がとりくまれはじめた頃“全国部落代表者会議”が開催され、のちに部落解放同盟に名称発展していく先駆けとなったと言われている。</p>
<p>この考え方を各支部、地域に取り入れ、地域住民代表者会議のような仕組みを各地域で知恵を絞り、地域自慢の運動展開を呼びかけてみたい。</p>
<p>もちろん当該の支部代表、法人格をもった人権協会などが呼びかけ人となって、町会やＰＴＡ役員、社会福祉法人代表やＮＰＯの代表、子ども食堂責任者、老人会や隣保館利用者代表など、地域を取り巻くすべての団体等が一堂に会して、議論を積み上げていくという“地域風土的”な価値観・行動様式を呼びかけたい。それこそが、部落解放運動の総合的展開であり、解放同盟支部の影響力を地域に発揮すべき時代なのかもしれない。</p>
<h4>新たな同盟像を描かなければ</h4>
<p>部落解放運動の総合的展開と提案してからでも10年以上にはなる。エコー共済や連帯分担金の導入、１支部１社会的企業の創設などの改革にとりくんできたが、未だ総合的展開にまでは至っておらず、本格的な議論も沸き起こってはいない。日常の忙しさにかまけて肝心な改革に着手できていないのが現状だ。</p>
<p>確かに大阪府連だけで改革できるわけではない。全国組織である以上、各都府県連との丁寧な合意形成が必要なことは言うまでもなく、綱領や規約のありようなど、基本文書そのものを根本から議論するような組織風土を創りあげなければ容易ではないことは誰の目から見ても明らかである。</p>
<p>しかし、つぎの世代が部落解放運動や社会運動に前のめりになり、とりくむような機運は低調であり、「部落に生まれ、部落で育つ」という若者も減少してきているのは明らかだ。被差別部落にルーツを持ちアイデンティティーを継承し、部落解放同盟に結集するという従来のパターンは崩れつつあり、新たな解放同盟像を描かなければ時代に飲み込まれてしまう。</p>
<h4>「推進法」１０年、裁判勝利の年に</h4>
<p>被差別部落を中心に隣保館や支部、人権協会やＮＰＯ、社会福祉法人や子ども食堂、識字学級や教育支援の活動など、部落を取り巻くあらゆる団体・組織が、総合力を発揮するような横軸で貫かれた“部落解放運動の総合的展開”の本格的始動の幕開けの２０２６年にしたい。</p>
<p>そこで、府連として闘うべき当面する課題は、①「部落差別解消推進法」制定から10年を迎える本年を本格的な法律の強化・改正、さらには国内人権機関設立への足がかりの年、「情プラ法」による本格的な差別情報の削除運動の展開にとりくむことである。</p>
<p>②「部落探訪」をはじめとする各種裁判闘争の勝利はもとより、東京高裁判決が明らかにした「『差別されない権利』を認め、人は誰しも、不当な差別を受けることなく、人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることができる人格的な利益を有する」とまで踏み込んだ画期的な判決を最大限に活かし、国会闘争などの世論形成につなげ、差別の法的禁止を求める運動の構築にとりくむことである。</p>
<p>③狭山再審闘争は、亡き石川一雄さんの遺志を受け継ぎ、第４次再審勝利に向けて鑑定人尋問の実現に全力を挙げる。また、国会での再審法改正を議員立法で求める案に少しでも近づけるよう全力でとりくむ。</p>
<h4>ネットワーク型の受け皿づくり</h4>
<p>④「部落解放全国委員会」結成から80年を迎える。被差別部落には少子高齢化の波が押し寄せ、貧困や複雑な社会的課題を抱えた人々の集住という困難に直面し、多様なニーズに応える「新たなネットワーク型の受け皿づくり」に着手する年にしなければ、未来の子どもたちに責任を果たしたとは言えない。</p>
<p>２０２６年を部落解放運動の組織のあり方を根本的に改革するためのスタートの年として、大いに議論しようではないか。各地において全力を挙げ、部落解放運動に邁進しよう。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/news/3996/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.315　「部落探訪」裁判　さいたま地裁判決の意義と限界</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/3990/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/3990/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 25 Dec 2025 04:38:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=3990</guid>
		<description><![CDATA[今年最後の「水平時評」となった。最後の最後に朗報が聞けた。１２月１７日さいたま地裁において、「部落探訪」に掲載された２８カ所すべての記事の削除が命じられたからだ。 もともと訴えていた支部長１名の被差別部落だけが削除の対象... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/3990/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>今年最後の「水平時評」となった。最後の最後に朗報が聞けた。１２月１７日さいたま地裁において、「部落探訪」に掲載された２８カ所すべての記事の削除が命じられたからだ。</p>
<p>もともと訴えていた支部長１名の被差別部落だけが削除の対象になるのではないかとの心配があったが、裁判所は、見事埼玉県内で部落探訪にとりあげられたすべての地域の動画の削除を命じるという画期的な判決が下された。</p>
<p>この判決に続いて新潟、さらには地元大阪でもこの判決を歓迎し、つぎに続ける闘いを来年は本格的にとりくんでいく年となるだろう。</p>
<p>しかし、ひとりの原告（解放同盟埼玉県連も原告ではあるが・・・）の訴えで、なぜ埼玉県内２８地区の動画が削除対象となったのか、判決はこう綴っている。</p>
<p>「インターネットには、情報の高度の流動性、拡散性、永続性のほか、投稿やアクセスの容易性といった特性が認められる。こうしたインターネットの特性に鑑みれば、本件各記事の１つの記事を閲覧することを出発点として関連記事を検索することは可能かつ容易である。いずれか１つの記事を閲覧すると考える者は、被差別部落に関心を有する者であると考えるところ、本件記事一覧に掲載された他の記事をも探索することが否定できない。〜（中略）〜　現地を訪ね歩く形を採りつつ、閲覧者の興味を引くことを意図したとみられる感想や意見を記載する等しており、インターネット上の関連付けの影響も相まって、閲覧者が芋づる式に本件各記事を閲覧する誘因も大きいといえる。」と結論づけている。</p>
<p>ひとつは、インターネットの特性を重視した判決であり、ひとつの記事を閲覧することだけで、ネットサーフィンは完了するものではなく、関連する記事をクリックすることは当然考えられる行為であり、それを判決は、“芋づる式”という表現を使い、その他の記事を閲覧する可能性は極めて高いと結論づけているのである。</p>
<p>もうひとつは、“被差別部落への関心”というキーワードである。</p>
<p>「埼玉県には多数の部落がある。動画を機会に埼玉の部落を観光するのもよいだろう」とする解説文が書き込まれており、ひとつの被差別部落だけを差別の対象にしたものではなく、埼玉すべての動画で晒された部落そのものの“平穏な生活が脅かされる”可能性が高いと判決は指弾した。</p>
<p>つまりは、被差別部落を垣間見れるという興味本位の欲望は、ひとつの動画だけで事足りるという性質のものではなく、それこそ判決が指摘した“芋づる式”についつい閲覧してしまうという可能性の高い間違った部落問題への関心を導き出すことにつながる差別行為だと指弾したことを意味する判決だと認識したい。</p>
<p>一カ所の被差別部落の動画だけを閲覧したユーザーが、それで興味が満たされたと満足するという類いのものではなく、しかもその“芋づる式”は、埼玉県内だけにとどまるものでもないことも読者の皆さんは気づいているだろう。当然、自分に関連する本籍を置いている府県や通学した大学、就職先、好きになった人の故郷など、興味ある府県に存在する被差別部落の動画を、ネットサーフィンしまくり、「ここはこういう部落だったのか」とあらためて閲覧することで、「高校の時のあいつは、実はあの被差別部落に住んでいたのか」とか、「なかなか家に遊びに行けなかったのは、住所が被差別部落だったからなのか」と“変な関心”を引くことにつながったのかもしれない。</p>
<p>ひとりの原告の勇気ある訴えにより、埼玉県内で晒され続けた“部落探訪”は、動画２８カ所すべて削除という判決となった。ひとりの原告で埼玉県という範囲に限定された判決ではあるが、削除が言い渡された。しかし、部落差別は、埼玉県だけに存在するものではなく、当然、日本社会の長い歴史の中で形成された身分階層構造に基づく差別である。わが国固有の人権問題であると判決も綴っている。訴えた原告が、埼玉県内に居住する者で、もう一つの原告も部落解放同盟埼玉県連である。だから判決は、埼玉県内にとどめた判決となった。</p>
<p>当たり前といえば当たり前だが、わたしたちが求めたのは、「部落差別」かどうかが、判決の肝であることはいうまでもない。「原告の不当な差別を受けることなく平穏な生活を送ることができる人格的な利益が侵害された」と、権利侵害という差別されない権利は認められた。やはり部落という属性が不当に侵害されることを許さない法律の制定が急務である。</p>
<p>２０２６年の闘いがいよいよスタートしようとしている。今年１年お疲れさまでした。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/3990/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vol.314　「部落差別からの解放」とは　差別の法解釈刷新を</title>
		<link>https://www.hrn.gr.jp/column/3973/</link>
		<comments>https://www.hrn.gr.jp/column/3973/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 08 Dec 2025 03:18:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>furen</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.hrn.gr.jp/?p=3973</guid>
		<description><![CDATA[法律の世界では、「差別」という解釈が、現在の社会に存在する「差別」とは少し意味が異なっているということを、この間の鳥取ループ・示現舎との裁判闘争の課程で認識させられるようになってきた。 法律上の「差別」は、「（不合理な）... <a href="https://www.hrn.gr.jp/column/3973/" class="readmore">続きを読む</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-1658" title="水平時評タイトル" src="http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2016/04/d9bb66116cab9a3edbc60de2f654f9b5.jpg" alt="" width="612" height="57" /></a></p>
<p>法律の世界では、「差別」という解釈が、現在の社会に存在する「差別」とは少し意味が異なっているということを、この間の鳥取ループ・示現舎との裁判闘争の課程で認識させられるようになってきた。</p>
<p>法律上の「差別」は、「（不合理な）別異取扱い」のことを指しており、差別する者から被差別側への攻撃という意味は含まれていないという法律の解釈である。</p>
<p>法律の世界で説明されている「別異（べつい）」とは、物事の間に「違いがあること」「異なっていること」、またはその違いを「区別すること」を意味する言葉で、特定の人や集団に対して、他の人と異なる取扱いのことを指している。</p>
<p>つまりは、アメリカ社会における黒人優遇だといわれていた“アファーマティブアクション”や女性の社会進出を促すための“ポジティブ・アクション”などが、「別異取扱い」にあたるということになる。</p>
<p>１９６９年から実施された“同和対策特別措置の法律”も「別異取扱い」ということとなる。</p>
<p>法律の世界での“差別”という理解は、部落差別を受けている被差別部落大衆は、一般の人々に比べ、生活水準や教育水準が低いため、それはまさに「平等」ではなく、それを「同一の扱い」とするためには、「等しいものは等しく、等しくないものは等しくなく」扱うという相対的平等の考え方がそこには存在し、この「等しくないもの」を「等しくない」ように扱う“別異取扱い”が、特別措置法にあたるという法的な理解が根底に存在している。</p>
<p>つまり、「同じように扱う」ことがかえって不平等を生む場合に、あえて「異なる扱い」をすることで、真の平等な状態（結果の平等）に近づけるための仕組みが「別異取扱い」という法律の世界での「差別」の解釈である。</p>
<p>この高いハードルを越えて裁判上における「差別されない権利」を認めさせることは容易ではないことはわかってもらえると思う。「差別」を受けた者が味わう“嫌悪感や喪失感”、その過程で生じる“排除や攻撃”、こうした「攻撃」により、差別される者の「尊厳」は傷つけられ、「平穏な生活を送ることができる人格的な利益」に支障がきたすという権利侵害を認めさせることができるかどうかが、この鳥取ループ・示現舎との裁判闘争最大の課題であったことはいうまでもない。</p>
<p>「不合理な別異取扱いを禁止したもの」という法解釈に留まるという判決結果の枠を超え、「嫌悪感や偏見」にもとづき「排除や攻撃」をされないという権利の保障にまで踏み込むという裁判結果を勝ち取ることがこの裁判の試金石であったと言えよう。</p>
<p>憲法１４条は、「すべて国民は、法の下の平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」と規定しているが、従来の考え方からすれば、結果の平等を作りあげるために被差別部落や部落出身者に対する特別措置という優遇策で、結果の平等を担保したり、障害者への合理的配慮によって、「（不合理な）別異取扱い」による異なる扱いで、一般の人々との経済的格差や社会的関係を平等に保とうという“扱い”という狭小な意味でしか「差別」が解釈されて来なかった歴史をわたしたちは経験してきたのだ。</p>
<p>わたしたちが求めたのは、一般の人々との格差を埋めることに主眼があるわけではない。わたしたちが求めたのは、部落出身を名乗っても被差別部落に居住していてもなんらの差別を受けない関係が築き上げられるのかどうかが、わたしたちの求めた社会であり、人間解放の精神である。被差別部落の出身であることで侮辱を受けたり、蔑まされたり、人間としての尊厳を傷つけられる行為を裁判の中で、明らかに出来るかどうかが、最大のポイントであったはずである。</p>
<p>そこで東京高裁判決は、憲法１３条を持ち出して、個人の尊重に反し、幸福追求権を侵害するものであるから、本判決は、「『差別されない権利』を認め、人は誰しも、不当な差別を受けることなく、人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることができる人格的な利益を有する」とまで踏み込んだ画期的な判決が出されたのである。</p>
<p>マジョリティといわれる一般のひとたちに近づくことが差別からの解放ではない。経済的な格差や社会的関係という格差を埋めるための是正策を否定するものではない。しかし、施しの施策や特別対策による別異の取り扱いだけに甘んじる訳にはいかない。肝心要の“部落差別からの解放”という当事者の声が、法律の世界の「差別」という解釈のバージョンアップを求めるものである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.hrn.gr.jp/column/3973/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
